アノコロ記憶のタイムマシン
60代 ゲーム・遊び

昭和30年代のホッピング遊び|跳ねた回数を声をそろえて数えた空き地

この記事の結論

  • ばねの付いた一本足の遊具で跳ねる遊びが流行した時期が見えます。
  • この記事では「60代の時間軸」「ホッピング遊びを思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-14/対象:1957〜1966年生まれ/時代:昭和30年代〜40年代(1958〜1970年ごろ)。

ホッピング遊びを入り口に、ばね仕掛けの遊具でどこまで続けて跳べるかを競った、空き地の時間を思い起こします。資料で確かめられる流行の形と、転びそうになりながら数を数えた個人の記憶を、区別して並べます。

昭和30年代〜40年代(1958〜1970年ごろ)のホッピング遊びを思わせる横長の記憶風景
昭和30年代〜40年代(1958〜1970年ごろ)のホッピング遊びを思わせる横長の記憶風景(イメージ)

60代の時間軸

国立国会図書館サーチで昭和30年代の新聞をたどると、ばねの付いた一本足の遊具で跳ねる遊びが流行した時期が見えます。遊具の移り変わりは一般社団法人 日本玩具協会の資料も参考になります。買ってもらえたかや跳ねてよい場所は家庭や地域で違ったため、一つの決まりに寄せません。

まず両手で握りをつかみ、片足ずつ足台に乗せて、友だちに肩を支えてもらいました。次に手を離してもらい、一回、二回と跳ねながら、いくつ続くかをみんなで声をそろえて数えました。慣れると空き地の端まで跳ねて進み、傾いたら足を下ろして仕切り直しました。

体と耳が覚えているのは、跳ねるたびにきしむばねの音、握りのゴムのざらつき、何十回も跳ねたあとの太ももの張りです。土の地面に点々と残った丸いへこみや、数える声が途中でずれていく感じを思い出すと、一緒にいた顔ぶれも戻ってきます。

いまは安全を考えた作りの跳ねる遊具もあり、遊ぶ場所も公園の決まりに合わせて選ぶことが多いようです。当時は家の近くの空き地や路地で、回数を競い合いました。場所の選び方の違いとして見れば、どちらかを上に置く話にはなりません。

尋ねてみたいのは、続けて跳べた最高の回数と、それを数えてくれた人です。実名は出さずに、遊具の色、跳ねた地面の様子、覚えている回数だけを書き留めておけば、自分の記憶として無理なく残せます。

ホッピング遊びを思い出す三つの手がかり

  1. 60代のホッピング遊びにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問いホッピング遊びで続けて跳べたいちばん多い回数と、数えてくれた人を覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。