アノコロ記憶のタイムマシン
50代 学校・青春

昭和50年代の給食の揚げパン|砂糖が指に残った献立の日

この記事の結論

  • 学校給食の献立や主食の変化を大まかに確かめられます。
  • この記事では「50代の時間軸」「給食の揚げパンを思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-24/対象:1967〜1976年生まれ/時代:昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)。

砂糖やきな粉をまぶした給食の揚げパンを楽しみにした日を振り返ります。献立表で探した記憶と、食べるときの工夫を分けてたどります。

昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)の給食の揚げパンを思わせる横長の記憶風景
昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)の給食の揚げパンを思わせる横長の記憶風景(イメージ)

50代の時間軸

文部科学省 白書・統計・資料をたどると、学校給食の献立や主食の変化を大まかに確かめられます。国立教育政策研究所 教育図書館では、給食指導に関する資料を探す手がかりが得られます。揚げパンが出た頻度や味つけは地域や学校で異なり、出なかった学校もあります。

月初めに配られる献立表で、揚げパンの日を探して丸で囲みました。当日は配膳台に並んだパンを当番が一つずつ配ります。砂糖がこぼれないよう、袋やお皿の上で持ち上げて食べました。牛乳と交互に口へ運ぶと、甘さがちょうどよく感じられました。

覚えているのは、油で揚げた香ばしいにおいと、指先に残るざらついた砂糖です。きな粉の日は口のまわりが粉で黄色くなり、互いに笑いました。食べ終えた後、指をなめるかハンカチで拭くかで迷った記憶もあります。

いまも揚げパンは給食の人気献立として残っており、家庭で再現する人もいます。当時との違いは、献立表を手に待ち遠しく数えた日々や、教室で一斉に頬張る光景にあるかもしれません。

振り返るなら、砂糖かきな粉か、どちらの味だったかを書き留めてみます。同じ日に出た汁物や、余ったパンを誰が食べたかも手がかりになります。休んだ友だちの分を届けた記憶があれば、それも当時の教室の姿を伝えます。

給食の揚げパンを思い出す三つの手がかり

  1. 50代の給食の揚げパンにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い給食の揚げパンがどんな味だったか覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。