アノコロ記憶のタイムマシン
50代 学校・青春

昭和後期の給食当番の白衣|袖を通して配膳台へ並んだ昼

この記事の結論

  • 国立教育政策研究所 教育図書館の資料から当番活動を考えられます。
  • この記事では「50代の時間軸」「給食当番の白衣を思い出す三つの手がかり」を扱います。
  • 更新日:2026-09-23/対象:1967〜1976年生まれ/時代:昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)。

給食当番で白衣や帽子を身に着け、友だちの分をよそった昼を振り返ります。学校給食の資料で確認できる背景と、配膳台に残る個人の記憶を分けて並べます。

昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)の給食当番の白衣を思わせる横長の記憶風景
昭和40年代後半〜60年代(1972〜1988年ごろ)の給食当番の白衣を思わせる横長の記憶風景(イメージ)

50代の時間軸

文部科学省 白書・統計・資料で学校給食の普及と指導を追い、国立教育政策研究所 教育図書館の資料から当番活動を考えられます。白衣を共有したか個人で用意したか、帽子の形や洗濯の順番は学校によって違いました。衛生の決まりも時代と地域で変わっています。

昼前になると手を洗い、白衣の袖を通して帽子をかぶりました。給食室から運ばれた容器を配膳台へ置き、列に並ぶ友だちの皿へ一人分ずつよそいます。最後の列まで量が足りるよう鍋の中を見ながら、すくう手の速さを少しずつ変えました。

記憶に残るのは、洗ったばかりの白衣の匂い、結びにくい後ろのひも、金属の容器にひしゃくが当たる音です。こぼさないよう皿を受け取るときは、いつもの休み時間とは違う緊張がありました。当番が終わると白衣をたたみ、次の人へ渡しました。

いまも児童が配膳に参加する学校はありますが、提供方法や感染対策の考え方は変わってきました。当時の白衣には、食べるだけでなくみんなの分を用意する役割が表れていました。献立の記憶とともに、順番を待つ列の様子も残ります。

書き留めるなら、帽子の形と、いちばん慎重によそった献立を思い出します。学校名や同級生の名前は伏せ、配膳台の位置、白衣をしまった袋、終わったあとの手の感覚を記せば昼の教室が浮かびます。

給食当番の白衣を思い出す三つの手がかり

  1. 50代の給食当番の白衣にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。

思い出の問い給食当番の白衣を着て、どの献立を配ったか覚えていますか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。