60代 テレビ・映画
昭和40年代のテレビの外国ドラマ|吹き替えの声で知った遠い国の暮らし
この記事の結論
- 海外から輸入された番組の放送や吹き替えの歴史にふれる記録を探せます。
- この記事では「60代の時間軸」「テレビの外国ドラマを思い出す三つの手がかり」を扱います。
- 更新日:2026-09-27/対象:1957〜1966年生まれ/時代:昭和40年代(1965〜1974年ごろ)。
日本語の吹き替えで放送された外国のドラマを、茶の間のテレビで見た頃を振り返ります。画面に映った異国の暮らしと、耳に残った声の記憶を分けてたどります。

60代の時間軸
NHKアーカイブスでは、海外から輸入された番組の放送や吹き替えの歴史にふれる記録を探せます。国立映画アーカイブでは、外国映画の公開や翻訳にかかわる資料に当たれます。見られた作品や時間帯は地域の局によって違い、以下の場面もその一つです。
夜の食事が済むと、家族がテレビの前に集まりました。画面には広い家や大きな冷蔵庫、道を走る長い車が映り、見るものすべてが珍しく感じられます。登場人物は日本語で冗談を言い合い、合間に入る笑い声に家族もつられて笑いました。
思い出すのは、少し気取った吹き替えの口調と、白黒からカラーへ変わっていった画面の色です。夏は窓を開けたまま見ていて、虫の声がせりふに重なりました。口の動きと声が合わない場面に気づき、兄弟で指さした記憶もあります。
いまは世界中のドラマを字幕でも吹き替えでも選べ、配信なら海外とほぼ同じ時期に見られます。それでも、限られた放送枠で出会った外国のドラマは、遠い国の暮らしを家族でのぞく数少ない窓でした。
振り返るときは、画面に出てきた家や食べ物、耳に残る声の調子を書き出してみます。題名や俳優の名前は分からなくても構いません。見ていた曜日と、誰の隣に座っていたかを添えると、当時の茶の間が戻ってきます。
テレビの外国ドラマを思い出す三つの手がかり
- 60代のテレビの外国ドラマにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。誰かと話せる入口になれば、それで十分です。
思い出の問い吹き替えで見たテレビの外国ドラマの場面を覚えていますか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、会話のきっかけとして扱ってください。