あアノコロ記憶のタイムマシン
70代 街・暮らし

昭和33年(1958年)ごろのチキンラーメンの丼|ふたをして待った昼ごはん

昭和33年〜昭和37年(1958〜1962年ごろ)のチキンラーメンの丼を手がかりに、「丼にふたをして待った三分間」という場面を振り返ります。公式資料で発売年や形状の変化を確かめ、食べ方、使った場所、手に残った感触、今との違いをたどります。経験は家庭や地域、手にした時期で異なります。

昭和33年〜昭和37年(1958〜1962年ごろ)のチキンラーメンの丼を再現したイメージ。小皿をふたにした丼からふたを外し、縮れた麺と湯気が見える台所。
昭和33年〜昭和37年(1958〜1962年ごろ)のチキンラーメンの丼を再現したイメージ。小皿をふたにした丼からふたを外し、縮れた麺と湯気が見える台所。(イメージ)

70代の時間軸

日清食品の公式史は、チキンラーメンが昭和33年(1958年)8月に発売されたと記しています。味を付けた乾燥麺に湯を注ぐ仕組みは、麺をゆでて別に汁を用意する食事の段取りを変えました。発売年を起点にした記事であり、各家庭への普及が同時だったという意味ではありません。

袋から丸い麺を出して丼に収め、湯を注いだあと小皿をふたにして待ちます。鍋で煮た家もあり、仕上げに卵やねぎを足したかどうかでも記憶は変わります。袋の中の一食分が、家にある器と組み合わさって昼食になるところに、この麺らしい手軽さがありました。

土曜日の昼の台所、留守番をしていた家の食卓、買い置きの袋をしまった戸棚。丼を持つ手に伝わる熱や、ふたを取ったときのしょうゆの香りが、待っていた場所を思い出させます。麺が少しずつほどける様子を、食卓に座って眺めていた人もいるでしょう。

いまはカップ入りや冷凍など食事の選択肢が増えましたが、丼を自分で用意する食べ方は残っています。器の大きさやふた代わりの皿が家ごとに違った点を振り返ると、同じ商品にも家庭の風景が重なります。便利さの比較より、誰が湯を注いでくれたかを考えてみたい一品です。

丼のふたに使っていたのは、小皿でしたか、それとも専用のふたでしたか。器の模様や置かれた場所をたどると、一緒に食べたおかずまで浮かぶかもしれません。はっきりしない発売当時の話を埋めず、自分が初めて食べた時期から思い出してみてください。

チキンラーメンの丼を思い出す三つの手がかり

  1. まず、70代のチキンラーメンの丼にまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いチキンラーメンを待つ丼には、どんな皿でふたをしていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。