あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和53年(1978年)ごろのマルちゃん赤いきつねうどん|ふたの上で待った五分

昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のマルちゃん赤いきつねうどんを手がかりに、お湯を注いでふたを押さえた冬の夜を振り返ります。東洋水産の公式資料で発売年と名前の由来を確かめ、だしの湯気や油揚げの甘さ、今との違いをたどります。

昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のマルちゃん赤いきつねうどんを再現したイメージ。こたつの天板に置いた赤白のカップから、大きな油揚げと白いうどんがのぞく冬の夜。
昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のマルちゃん赤いきつねうどんを再現したイメージ。こたつの天板に置いた赤白のカップから、大きな油揚げと白いうどんがのぞく冬の夜。(イメージ)

50代の時間軸

東洋水産は「赤いきつねうどん」が昭和53年(1978年)8月に登場したと紹介しています。開発中は熱々のおいしさを伝える「熱いきつねうどん」という名前の予定でしたが、店頭で目立つ赤を基調にしたデザインが採用され、名前も「赤いきつね」に決まったそうです。この記事は発売年を起点にした回想で、全国で同じ時期に食べ始めたという意味ではありません。

やかんで沸かしたお湯を内側の線まで注ぎ、ふたを閉じて待ちます。ふたが浮かないように箸を置く人、湯のみをのせる人など、押さえ方にも家ごとの癖がありました。待ち時間を時計の秒針で数えたか、テレビのCMひとつ分で計ったかも、人によって違います。

こたつの上、部活帰りの台所、雪の日に停電を心配した夜、年越しのそばの代わり。発泡容器を両手で包んだときの熱さ、ふたをはがした瞬間に顔に当たるだしの湯気、汁を吸ってふくらんだ油揚げの甘さと、すすったうどんのつるりとした重みが、場面と一緒に残っています。

いまは電子レンジで作るものや、地域ごとに味を分けたもの、量の違うものなど、カップめんの選び方は細かくなりました。容器の素材やふたの形も変わっています。それでもお湯を注いで待つ数分は、昔とあまり変わらない時間として残っています。

あなたが赤いきつねを食べた夜は、外の天気がどんなでしたか。こたつの柄や、一緒に待った家族の声、汁を最後まで飲んだかどうかを思い出すと、その冬の空気まで戻ってくるかもしれません。人によって記憶の場面は違うので、どれが正解ということはありません。

マルちゃん赤いきつねうどんを思い出す三つの手がかり

  1. まず、50代のマルちゃん赤いきつねうどんにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたは赤いきつねを待つあいだ、ふたの上に何をのせていましたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。