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50代 学校・青春

昭和55年(1980年)ごろの花王のビオレ洗顔フォーム|固形石けんからチューブに変わった朝の洗面台

昭和55年〜昭和59年(1980〜1984年ごろ)の花王のビオレ洗顔フォームを手がかりに、洗面台の石けんの横に柔らかいチューブが並んだ朝を振り返ります。花王の公式資料で発売の年と開発の経緯、名前の由来を確かめ、泡の手ざわりや今との違いをたどります。

昭和55年〜昭和59年(1980〜1984年ごろ)の花王のビオレ洗顔フォームを再現したイメージ。水滴の残る白い洗面台に置いた、無地の柔らかい白いチューブと、しぼり出した白い泡、たたんだタオル。
昭和55年〜昭和59年(1980〜1984年ごろ)の花王のビオレ洗顔フォームを再現したイメージ。水滴の残る白い洗面台に置いた、無地の柔らかい白いチューブと、しぼり出した白い泡、たたんだタオル。(イメージ)

50代の時間軸

花王の製品の歴史には、昭和55年(1980年)に「石けんに代わる、肌にマイルドな中性タイプの新しい洗顔料として」ビオレ洗顔フォームを発売したと書かれています。ブランドのページによると、当時は洗顔料といえば石鹸が主流で、「肌がつっぱらない洗顔料を作りたい」という思いから7年の開発期間をかけたそうです。名前はギリシャ語で「生活」を意味する「Bios」と、「満ち足りた」を意味する「ore」を組み合わせたと紹介されています。この記事は発売の年を起点にした回想で、どの家の洗面台にも同じ年に並んだという意味ではありません。

朝、チューブを押して指先ほどの量を出し、手のひらに水を足しながら泡立てて顔を洗います。部活の前に急いで済ませた人もいれば、夜の入浴のときに使った人、母や姉のものを少し借りた人もいたでしょう。固形石けんを使い続ける家族の横で、自分の一本だけを決まった場所に置いていた人もいたかもしれません。

冬の朝の冷たい水が出る洗面所、修学旅行の宿の混み合った洗面台、運動部の部室の流し。柔らかいチューブを押したときのくにゃりとした手ごたえ、泡立てるときのしゃわしゃわという音、洗ったあとにタオルで押さえた顔の感じを覚えている人もいるでしょう。キャップを閉め忘れて、口のところが固まっていた朝もあったかもしれません。

花王の製品の歴史によると、翌昭和56年(1981年)には花王(香港)社が発売してアジア各国へ広がりました。同じページには、その後に全身洗浄料「ビオレU」が発売され、ボディシャンプーの市場を広げたことも記されています。いまは泡で出てくるもの、メイク落としを兼ねるものなど、洗顔料の種類は数えきれないほどあります。一本のチューブを選ぶことが少し大人びた出来事だった時代とは、洗面台の景色が違います。

中学生で初めて自分用を買った人も、大人になるまで固形石けんだった人も、家族の誰かが使っているのを見ていただけの人もいるでしょう。学校の友だちの話題や、家の洗面台の広さによって、洗顔料との出会い方は違いました。あなたが「自分の洗顔料」を持ったのは、いつごろ、どんなきっかけでしたか?

花王のビオレ洗顔フォームを思い出す三つの手がかり

  1. まず、50代の花王のビオレ洗顔フォームにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたが「自分の洗顔料」を持ったのは、いつごろ、どんなきっかけでしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。