平成元年(1989年)ごろの東芝のダイナブック|机から持ち出したA4の重さ
平成元年〜平成5年(1989〜1993年ごろ)の東芝のダイナブックを手がかりに、据え置きが当たり前だったパソコンを鞄に入れて運んだ日を振り返ります。Dynabookの公式資料で発表の日と「外へも持ち出せるPC」という考え方を確かめ、厚みや重さの記憶、今との違いをたどります。

50代の時間軸
Dynabook株式会社(当時は株式会社東芝)は、平成元年(1989年)6月26日に「DynaBook J-3100 SS001」を発表したと紹介し、同社はこれを世界初のノートパソコンとしています。公式の説明では、A4ファイルサイズの携帯性、バッテリー駆動、広い普及を見据えた価格帯をそろえた製品で、据え置き型が主流だった時代に「快適に外へも持ち出せるPC」として商品化したそうです。同社はこの日を「ノートパソコンの日」として申請しています。この記事は発表の年を起点にした回想で、どの職場や家庭にも同じ年に届いたという意味ではありません。
PC Watchの記事によると、J-3100 SS001は厚さ44mm、重さ2.7kgで、当時の価格は198,000円でした。ふたを開け、バッテリーの残りを気にしながら文書を打ち、終わったら畳んで鞄に戻します。会議室や取引先へ抱えていった人もいれば、ACアダプターを挿したまま自分の机から一度も動かさなかった人もいたでしょう。同じ記事は、国内向けの製品にだけ「DynaBook」の名が付いたことにも触れています。
事務所の窓ぎわの机、出張先の旅館の座卓、自宅の和室に持ち帰った夜。両手で持ち上げたときの2.7kgのずしりとした重さ、底が少し温かくなる感じ、キーを打つたびのかたかたという乾いた音、ACアダプターの四角い塊の硬さを覚えている人もいるでしょう。モノクロの液晶をのぞき込む角度を、照明の位置に合わせて何度も変えたかもしれません。
同じ記事は、同じ年にNECが同じ44mm・2.7kgの98NOTEを248,000円で出したことも紹介しています。いまのノートパソコンは薄く軽くなり、電源をつながずに一日使える機種も珍しくありません。持ち出すかどうかを迷うほどの重さはなくなりましたが、「机の外で仕事ができる」と初めて感じた日の驚きは、あの厚い箱と一緒に残っています。
最初に触れたのが職場の一台だった人も、学校や研究室の備品だった人も、雑誌の写真で見ただけだった人もいるでしょう。地域や仕事の種類によって、ノートパソコンが身近になった時期はずいぶん違いました。あなたが初めて「持ち運べるパソコン」を見たのは、どこで、誰の机の上でしたか?
東芝のダイナブックを思い出す三つの手がかり
- まず、50代の東芝のダイナブックにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
- 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
- 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。
思い出の問いあなたが初めて「持ち運べるパソコン」を見たのは、どこで、誰の机の上でしたか?
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- Dynabook「dynabook ヒストリー(ノートパソコンの日)」
- Dynabook ニュースリリース「世界初のノートPC『dynabook』誕生から、おかげさまで35周年」
- PC Watch(Impress)「モバイラーが憧れた名機 J-3100 SS001」
- 編集確認日:2026-10-25。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。