昭和54年(1979年)ごろのキヤノンのオートボーイ|シャッターを押すだけでピントが合った行楽の写真
昭和54年〜昭和58年(1979〜1983年ごろ)のキヤノンのオートボーイを手がかりに、ピント合わせを機械に任せて撮った行楽の写真を振り返ります。キヤノンカメラミュージアムの製品ページと歴史館で発売年月と価格、オートフォーカスの仕組みを確かめ、巻き上げの音や手ざわり、今との違いをたどります。

50代の時間軸
キヤノンカメラミュージアムの製品ページによると、AF35M(オートボーイ)は1979年(昭和54年)11月に発売され、発売時の価格は42,800円でした。近赤外発光ダイオードから出した光が被写体で跳ね返るのを受け止め、三角測量の原理で距離を測ってレンズを動かす仕組みで、暗い場所でもピントを合わせられることから大ヒットしたと書かれています。同じ館の歴史館は、カメラ業界のオートフォーカス実用第一号が1977年のコニカC35AFで、オートボーイはそれより2年遅れての登場だったことも記しています。
オートボーイを手にした人がまず驚いたのは、フィルムを入れて裏ぶたを閉じれば、あとはカメラが進めてくれることでした。製品ページの仕様には、内蔵モーターによる自動巻き上げと、スイッチ操作による電動の巻き戻しが並んでいます。距離の目盛りを合わせる手間がなく、ストロボも本体から手で起こすだけで使えたので、写真に詳しくない家族にも任せられました。花見や運動会で大人が構えた家もあれば、修学旅行に借りて持って行った人もいたでしょう。
置き場所は押し入れのカメラバッグや、茶の間の棚の上。製品ページによると電源は単3型電池2本で、質量は405gでした。ポケットに入れるには少し重く、首から提げると胸のあたりで揺れた感触を覚えている人もいるかもしれません。シャッターを押したあとにじーっと鳴るモーターの音、撮り終えたフィルムを巻き戻すときの長いうなり、ストロボを起こすときに指にかかる小さな手ごたえ。春の公園の敷物の上に置いた黒い本体が、日差しで温まっていたという記憶もありそうです。
当時は撮った写真を見られるのは現像から戻ってきたあとで、目をつぶった顔やぶれた写真も、袋を開けるまでわかりませんでした。いまはスマートフォンのカメラが自動でピントを合わせるのが当たり前になり、撮ったその場で画面を確かめ、気に入らなければ撮り直せます。歴史館がオートボーイを「AF全自動コンパクトカメラの代名詞」になったと書いているように、ピント合わせを機械に任せるという考え方は、この時代のカメラから身近になっていきました。
オートボーイの思い出は、家にカメラが何台あったか、写真を撮るのが誰の役目だったかで大きく変わります。大人だけが触ってよいカメラだった家もあれば、子どもに預けて自由に撮らせた家もありました。プリントをアルバムに貼って残した人もいれば、写真屋の袋のまま押し入れにしまった人もいるでしょう。あなたがオートボーイで撮ってもらった写真の中で、いまも思い出せるのはどこで撮ったものですか?
キヤノンのオートボーイを思い出す三つの手がかり
- キヤノンのオートボーイにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- キヤノンカメラミュージアム「AF35M (オートボーイ)」
- キヤノンカメラミュージアム 歴史館「年代から見る 1976年-1986年」
- 編集確認日:2026-10-27。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。