昭和42年(1967年)ごろのホンダのN360|丸い小さな車体で路地を抜けた「Nっころ」のドライブ
昭和42年〜昭和46年(1967〜1971年ごろ)のホンダのN360を手がかりに、軽自動車が若者や家族の足になったころの記憶を振り返ります。Hondaの75年史と公式サイトの紹介で発売日と価格、販売の伸びを確かめ、丸い車体やエンジンの力強さの記憶、今との違いをたどります。

70代の時間軸
Hondaの75年史によると、N360の発売は当初予定の昭和42年(1967年)2月から遅れ、3月6日となりました。価格は、他社の軽自動車価格を数万円下回る313,000円です。本田宗一郎は同じ年の講話で、当時日本の軽四輪車は37万円からしていたところへこの値を付けたと語っています。開発では、乗員がゆとりを持って座れるようキャビンから設計を始め、エンジンルームを小さく、客室を大きくする考え方を取りました。
75年史は、N360の軽四輪乗用車届出実績が5月度に5,570台を記録してトップに立ち、発売3カ月後の6月6日には総予約累計が22,500台に達したと伝えています。Hondaの公式サイトは、小さくて丸い見た目から「Nっころ」の愛称で親しまれ、クルマにあわせて服をコーディネートしてドライブを楽しむ若者も現れたと紹介しています。初めての自分の車として通勤に使った人もいれば、家族の買い物の足にした家もありました。
停まっていたのは、瓦屋根の家が並ぶ細い路地、商店街の裏の空き地、職場の駐車場。大人4人がラクに座れる空間を先につくったという車内は、小さな見た目からは思えない広さでした。軽とは思えないハイパワーエンジンの音、丸い車体の曲面に映る夏の光、乗り込むときに頭をかがめた感覚を覚えている人もいるでしょう。当時にはめずらしい豊富なカラーバリエーションの中から、好きな色を選んだ人もいたはずです。
75年史によると、N360の発売から26カ月後の1969年4月には、ライトバンのLN360、トラックのTN360と合わせて国内届出実績50万台を記録しました。Hondaの公式サイトは、N360のいいところがいまの軽自動車N-ONEに受け継がれていると書いています。いまの軽自動車は装備が増え、車内で音楽を聴き、画面で道を確かめるのが当たり前になりました。小さな車に乗ること自体が新しかったころの高揚感は、今とは少し違うものでした。
若いころに自分で乗った人、親や親戚の車で後ろの座席に座った人、街角で見かけた姿を覚えている人。N360の記憶は、住んでいた町の道の広さや、家族がどんな仕事をしていたかによってさまざまです。車の名前より、愛称の響きのほうを先に思い出す人もいるでしょう。あなたの町で見かけたN360は、どんな色の車体で、どんな人が乗っていましたか?
ホンダのN360を思い出す三つの手がかり
- ホンダのN360にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 本田技研工業 75年史「第3章 独創の技術・製品 第2節 四輪車 第1項 四輪進出への道筋」
- Honda公式サイト「Nの原点 N360」
- Honda Global「Introducing N360 / 1967」
- 編集確認日:2026-10-27。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。