あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

平成元年(1989年)ごろのマツダのユーノスロードスター|幌を下ろして海沿いの峠道を走った小さなオープンカー

平成元年〜平成5年(1989〜1993年ごろ)のマツダのユーノスロードスターを手がかりに、幌を開けて走るオープンカーが身近になったころの記憶を振り返ります。マツダの沿革と100周年サイト、ニュースリリースで発売の年月と価格、生産の始まりを確かめ、風や光の感覚、今との違いをたどります。

平成元年〜平成5年(1989〜1993年ごろ)のマツダのユーノスロードスターを再現したイメージ。海を見下ろす峠の展望台のガードレールの前に停めた、幌をたたんだ低く小さな赤いオープンカーと、夕方の金色の光。
平成元年〜平成5年(1989〜1993年ごろ)のマツダのユーノスロードスターを再現したイメージ。海を見下ろす峠の展望台のガードレールの前に停めた、幌をたたんだ低く小さな赤いオープンカーと、夕方の金色の光。(イメージ)

50代の時間軸

マツダの沿革によると、平成元年(1989年)2月に「MX-5ミアータ」(日本名:ユーノスロードスター)をシカゴショーに出展し、4月に新たな国内販売チャネル「ユーノス」を設立しました。9月1日にはユーノス特約販売会社網が営業を始め、同じ9月に初代「ユーノスロードスター」が発売されています。ニュースリリースは、同じ年の4月に宇品第一工場で初代モデルの生産が始まったと記しています。

100周年サイトは、初代ロードスターを、1960年代に欧州で流行したライトウェイトスポーツカーを現代に蘇らせた車だと紹介しています。沿革には、シカゴショーの出展以来世界中で大きな反響を呼び、国内では各地で事前予約会が開かれ、170万円~の手頃な価格もあって大ヒット商品になったとあります。“人馬一体”を合言葉にした走りを週末の峠道で楽しんだ人もいれば、ワンメイクレースや愛好家どうしの集まりに通った人もいました。

走った場所は、海沿いの道、峠の展望台、夜の湾岸の道路。幌を下ろしたときに頭の上を流れていく風、潮の匂い、夕日の熱を顔で受けた感覚を覚えている人もいるでしょう。座席が低く、路面のすぐ近くを走っているような感覚や、アクセルを踏み込んだときのエンジンの響きも、オープンカーならではのものでした。屋根を開けて走ると、信号待ちで隣の車の音や街の匂いまで届いてきました。

ニュースリリースによると、ロードスターは2016年4月22日に累計生産100万台に達しました。初代の生産開始から27年での達成で、その間に3度のフルモデルチェンジを重ね、世界の国々で200を超える賞を受けたと書かれています。いまは背の高い車や家族向けの車が街の主役になり、屋根の開く車を見かける機会は多くありません。運転席と助手席だけの小さな車で風を受けて走る楽しさは、当時を知る人の記憶に強く残っています。

新車で手に入れた人、中古で長く乗り続けた人、助手席で風を受けただけの人。ユーノスロードスターの記憶は、住んでいた土地に走りたくなる道があったか、そのころ誰と出かけていたかによってさまざまです。車の色より、屋根を開けた日の空の色を覚えている人もいるでしょう。あなたが初めてユーノスロードスターを見かけたのは、どんな道の、どの季節でしたか?

マツダのユーノスロードスターを思い出す三つの手がかり

  1. マツダのユーノスロードスターにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。