あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 学校・青春

昭和41年(1966年)ごろのエスビー食品のゴールデンカレー|林間学校のかまどで大鍋に割り入れた濃い茶色のルウ

昭和41年〜昭和45年(1966〜1970年ごろ)のエスビー食品のゴールデンカレーを、野外炊事や家の台所で囲んだ鍋の記憶からたどります。エスビー食品の社史・沿革と、2026年の発売60周年の発表を読み、発売年と当時の位置づけ、いまの香りの説明を確かめました。

昭和41年〜昭和45年(1966〜1970年ごろ)のエスビー食品のゴールデンカレーを再現したイメージ。夕方の木漏れ日が差す林の野外炊事場で、石を組んだかまどのまき火にかけたアルミの大鍋に、にんじんとじゃがいも、玉ねぎの入った濃い金茶色のカレーが煮え、木の台にカレーライスの皿と割ったルウを載せた盆、伏せた無地の箱が置かれている。
昭和41年〜昭和45年(1966〜1970年ごろ)のエスビー食品のゴールデンカレーを再現したイメージ。夕方の木漏れ日が差す林の野外炊事場で、石を組んだかまどのまき火にかけたアルミの大鍋に、にんじんとじゃがいも、玉ねぎの入った濃い金茶色のカレーが煮え、木の台にカレーライスの皿と割ったルウを載せた盆、伏せた無地の箱が置かれている。(イメージ)

60代の時間軸

エスビー食品の社史・沿革には、1966年(昭和41年)に「香り豊かな本格的カレー」としてゴールデンカレーが発売され、同社を代表するベストセラーになったと書かれています。年表をさかのぼると、創業者の山崎峯次郎が1923年に国産カレー粉の製造に初めて成功し、1950年に「赤缶カレー粉」、1954年に固形の即席カレー「ヱスビーカレー」を出しました。1964年の「特製ヱスビーカレー」は「インド人もビックリ」のキャッチフレーズで人気を呼び、そのあとにゴールデンカレーが続きます。

箱から出したルウは、区切りの溝に沿って手で割れる形でした。肉と野菜を炒めて水で煮込み、火を弱めてからルウを落として溶かします。林間学校では、班で持ち寄った材料を大鍋に入れ、かまどの火加減を見る係と、かき混ぜる係に分かれました。

野外炊事場には、石を組んだかまどと、すすで底が黒くなったアルミの大鍋。まきの煙が目にしみて、木べらが鍋の底をこする音が班のあいだに響きます。割ったルウを落とすと、煮汁の色が薄い茶色から濃い金色へ変わり、スパイスの香りが林の中まで流れていきました。家の台所なら、ガス台の片手鍋と、ルウの欠片が転がるまな板。焦げつかないよう、夕飯ができるまでずっと鍋をかき混ぜる役を任された子どももいました。皿に盛ったご飯の熱さ、外で食べると強く感じた辛さ、帰りのバスの中まで服に残っていたカレーの匂い。

いまのゴールデンカレーを、エスビー食品は35種類のスパイスとハーブが調和した「黄金の香り」の即席ルウと説明しています。2026年は発売60周年にあたり、同じ年の2月には記念の「極める黄金の香り ゴールデンカレーパウダールウ」が出ました。固形を割って溶かす手順のほかに、粉のルウを選ぶ台所も出てきたことになります。

ゴールデンカレーの記憶は、どこで食べたかで中身が変わります。林間学校や子ども会のキャンプで、煙の向こうから回ってきた一皿を思い出す人がいます。家では別の銘柄を使っていて、外で食べたときにだけこの香りに出会ったという人もいます。家庭科の調理実習で初めて自分の手でルウを割った人には、教室のガス台の記憶が重なります。あなたが野外の大鍋でゴールデンカレーを作ったとき、ルウを割り入れる役はだれでしたか?

エスビー食品のゴールデンカレーを思い出す三つの手がかり

  1. エスビー食品のゴールデンカレーにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。