昭和51年(1976年)ごろのキヤノンのAE-1|居間のテーブルでフィルムを巻き上げた連写一眼
昭和51年〜昭和55年(1976〜1980年ごろ)のキヤノンのAE-1を手がかりに、家に一眼レフが来たころの写真の撮り方を振り返ります。キヤノンカメラミュージアムの製品ページとキヤノンのニュースリリースで発売年月や価格、生産台数を確かめ、巻き上げレバーの手ごたえや仕上がりを待った時間をたどります。

60代の時間軸
キヤノンカメラミュージアムの製品ページによると、AE-1は1976年(昭和51年)4月に発売されました。価格はFD50mmF1.4SSCのレンズ付きで81,000円、ケースが4,000円です。そのころ自動露出の一眼レフは生産量が少なく高価格帯の機種でしたが、AE-1は設計を根本から見直し、5大ユニットと25の小ユニットに分けてマイクロコンピュータが集中制御する方式を採りました。キヤノンが2021年9月15日に出したニュースリリースは、部品を従来機種から約300点減らし、生産の自動化とあわせて普及価格帯と高機能を両立したと説明しています。発売から約1年半後の1977年10月には、累計生産台数が100万台を突破しました。
シャッター速度を選んでおけば、絞りはカメラが決めてくれる。運動会のかけっこ、入学式の校門の前、正月に親戚が集まった座敷。一体型の専用ワインダーを付けると毎秒約2コマで続けて撮れて、「連写一眼」のキャッチフレーズで売られました。
使わないときは居間のテーブルや茶だんすの上に置かれていました。ボディだけで590g、レンズを付けて首にかけると、ストラップが首の後ろに食い込みます。金属の上ぶたは冬にひやりと冷たく、巻き上げレバーを親指で120度ほど送るとジジッと歯車の手ごたえが返ってきました。シャッターを押すと、ミラーが跳ね上がるパシャッという音。裏ぶたを開けてフィルムを装填するとき、新しいフィルムのにおいがかすかにしました。
いまはスマートフォンで撮って、その場で画面を見て消すこともできます。当時はフィルムを撮り切って写真店に出し、仕上がった紙焼きを受け取るまで、写っているかどうかわかりませんでした。目をつぶった一枚も、ピントの外れた一枚も、そのままアルバムに残りました。2021年9月、AE-1は国立科学博物館の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」に登録されています。選定理由は、電子化と自動化を取り入れ、初めての人でも手軽に一眼レフを使える時代へと変えたカメラだという点でした。
カメラを持っていたのが父親の家もあれば、写真部の先輩から借りて初めて構えた人も、新婚旅行のために買ったという夫婦もいます。何を撮ったか、何本のフィルムを使ったかも、家によって違います。あなたの家でAE-1のシャッターを押していたのは、誰でしたか?
キヤノンのAE-1を思い出す三つの手がかり
- キヤノンのAE-1にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- キヤノンカメラミュージアム「AE-1」
- キヤノン ニュースリリース「一眼レフカメラ『AE-1』が国立科学博物館の『未来技術遺産』に登録」(2021年9月15日)
- 編集確認日:2026-10-30。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。