あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和47年(1972年)ごろのホンダのシビック|住宅街の生け垣の前に停めた小さな2BOX

昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のホンダのシビックを手がかりに、小さな前輪駆動の車が町の暮らしに入ってきたころを振り返ります。Hondaの歴史のページとニュースリリース、くるまのニュースの記事で発表と発売の日、寸法と価格、その後の累計を確かめ、車内の広さの感覚や今との違いをたどります。

昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のホンダのシビックを再現したイメージ。やわらかな春の光の静かな住宅街で、無地の生け垣の前に、短い鼻先と丸いヘッドライト、細いバンパーをもつ淡い黄色の小さな2ドア車が一台だけ停まっている。
昭和47年〜昭和51年(1972〜1976年ごろ)のホンダのシビックを再現したイメージ。やわらかな春の光の静かな住宅街で、無地の生け垣の前に、短い鼻先と丸いヘッドライト、細いバンパーをもつ淡い黄色の小さな2ドア車が一台だけ停まっている。(イメージ)

60代の時間軸

Hondaの歴史を紹介する公式ページは、シビック(1972年)について「世界の人々のためのベーシックカーになることを目指す」と見出しを立てています。国産の小型車のほとんどがFRのセダンだった当時、トランクのないFFの2BOXとして四隅いっぱいにタイヤを配置し、台形のハッチバックデザインでそれまでにない居住性を実現した、という説明です。くるまのニュースによると、初代は1972年(昭和47年)7月11日に発表され、翌日12日に発売されました。全長3405mm、全幅1505mm、全高1325mmで、乗車定員は5名。東京での標準現金価格は「スタンダード」の42万5000円から「GL」の53万円まででした。

くるまのニュースは、名前の由来を当時のプレスリリースの「世界市民のベイシック・カーの意味で名付けられました」という一文で紹介しています。短い車体は、家の前の細い道でも切り返しが少なく済みました。平日は通勤や駅への送り迎え、週末はスーパーでの買い出しや、子どもを乗せて親戚の家へ。

窓ガラスが大きく、後ろの席に座っても外がよく見えました。床が平らなので、足もとに買い物袋を置いても窮屈になりません。春先には生け垣の前に停めた車体に日が当たり、ドアの取っ手が少し温まります。エンジンをかけると、軽やかな音が車内に響きました。

Hondaのページによると、1973年には低公害エンジンCVCCを載せたモデルも登場し、シビックは日米で大ヒットしました。2017年のニュースリリースは、1972年の発売から世界で累計約2,400万台を販売したと伝えています。いまのシビックは車体が大きくなり、初代の寸法を並べると、同じ名前の車とは思えないほど違います。

新車で買った家、知り合いから譲られた家、教習所で初めて運転した人。同じ初代でも、乗った席や停めた場所はそれぞれ違います。あなたの記憶にある初代シビックは、家の車でしたか、それとも近所の誰かの車でしたか?

ホンダのシビックを思い出す三つの手がかり

  1. ホンダのシビックにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。