あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和56年(1981年)ごろのホンダのモトコンポ|シティの荷室から降ろしてハンドルを起こした小さな原付

昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のホンダのモトコンポを手がかりに、車に積んで出かけた小さなバイクの記憶を振り返ります。ホンダの1981年のニュースリリースとくるまのニュース、乗りものニュースの記事で発売の経緯や寸法、価格を確かめ、荷室から降ろすときの重さやその後の評価をたどります。

昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のホンダのモトコンポを再現したイメージ。人も建物もない夏の昼の海辺の駐車場で、後ろの荷室を開けた小型車の横に、ハンドルと座席を起こした、赤い下まわりの白い箱形の小さなスクーターが立っている。
昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のホンダのモトコンポを再現したイメージ。人も建物もない夏の昼の海辺の駐車場で、後ろの荷室を開けた小型車の横に、ハンドルと座席を起こした、赤い下まわりの白い箱形の小さなスクーターが立っている。(イメージ)

50代の時間軸

ホンダが1981年(昭和56年)10月29日に出したニュースリリースによると、トランクバイク「ホンダモトコンポ」は小型車「ホンダシティ」に積むために同時に開発され、シティと同時に全国のホンダの販売店で売り出されました。くるまのニュースの記事は、発売日を1981年11月11日、当時のメーカー希望小売価格を8万円としています。リリースの諸元表では全長1.185m、乾燥重量42kg。空冷2サイクル49cm3のエンジンは最高出力2.5馬力で、燃料やオイル、バッテリーの液洩れを防ぐ仕組みと、折りたたみ式のハンドルとステップを備えていました。シティの荷室にはモトコンポを固定するためのアンカーナットが付き、専用ベルトはオプションでした。

ハンドルと座席をたたんで荷室に収め、ベルトで留めて出発する。着いた先で降ろしたら、ハンドルと座席を起こしてキックでエンジンをかけます。駐車場から釣り場の堤防まで、車では入れない最後の短い道を走るための乗り物でした。

荷室から持ち上げると、両腕にずしりと重みがかかります。角ばった白い樹脂の箱は夏の日差しで熱くなり、手のひらに少し貼りつきました。キックペダルを踏み下ろすと、2サイクルの甲高い排気音と、薄い煙の油っぽいにおい。小さな車輪は舗装の継ぎ目を一つずつ拾い、座席を通してお尻に伝えてきます。乗っている人の膝は高い位置で折れ、遠くから見ると大人がおもちゃにまたがっているようでした。

乗りものニュースの記事は、モトコンポが当時は売れなかったものの、のちにじわじわと再評価を受けたと書いています。同じ記事によれば、二輪と四輪を同時に開発して組み合わせる試みは、その後世界のメーカーを見渡しても見当たりません。いまは折りたたみの電動キックボードや自転車を車に積んで出かける人もいます。けれど、一台の車の荷室に収まることを前提に、車と同時に作られたバイクは、その後も現れていません。

覚えている姿はさまざまです。親戚の家の物置にしまわれていた一台、近所の大学生が通学に使っていた一台、シティの広告で見ただけで実物には触れなかった人もいます。中古で手に入れて、色を塗り直して乗った人もいました。あなたがモトコンポを見かけたのは、シティの荷室の中でしたか、それとも道の上でしたか?

ホンダのモトコンポを思い出す三つの手がかり

  1. ホンダのモトコンポにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。