あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和42年(1967年)ごろの三菱電機の霧ヶ峰|窓の上の壁から冷たい風が下りてきた夏の茶の間

昭和42年〜昭和46年(1967〜1971年ごろ)の三菱電機の霧ヶ峰を手がかりに、家の壁にエアコンが付いたころの夏を振り返ります。三菱電機の霧ヶ峰の特設ページとサステナビリティのページ、マイナビニュースの記事で名前が付いた年や形の移り変わりを確かめ、吹き出す風の冷たさや機能が増えていった道のりをたどります。

昭和42年〜昭和46年(1967〜1971年ごろ)の三菱電機の霧ヶ峰を再現したイメージ。夏の日差しがレースのカーテンに当たる畳の居間で、窓の横の壁の高い所に横長のルーバーのあるクリーム色の箱形のエアコンが付き、低い机に水滴のついた麦茶のグラスと籐のうちわが置かれている。
昭和42年〜昭和46年(1967〜1971年ごろ)の三菱電機の霧ヶ峰を再現したイメージ。夏の日差しがレースのカーテンに当たる畳の居間で、窓の横の壁の高い所に横長のルーバーのあるクリーム色の箱形のエアコンが付き、低い机に水滴のついた麦茶のグラスと籐のうちわが置かれている。(イメージ)

60代の時間軸

三菱電機のサステナビリティのページによると、同社のエアコンが「霧ヶ峰」と名付けられたのは1967年(昭和42年)のことで、当時は床置型の「上高地」と窓掛型の「軽井沢」もシリーズの製品として並んでいました。マイナビニュースは、霧ヶ峰が1967年に第1号機を発売し、2027年4月に発売から60周年を迎えると伝えています。霧ヶ峰の特設ページは、爽快な高原のイメージから名を付けたと説明し、ラインフローファンがエアコンの小型化と軽量化の決め手となって、壁掛け形を実現したと振り返っています。

暑い午後、壁の高いところから下がったひもを引いて冷房を入れる。窓とふすまを閉め切ると、ほかの部屋にいた家族が一人、また一人と集まってきました。来客があれば、まずその部屋に通しました。

クリーム色の本体は、窓の上の壁にぴたりと付いていました。横長の吹き出し口の羽根の間から、冷たい風が斜めに下りてきて、畳に座った膝のあたりを通っていきます。動き始めるとブーンという低い音が部屋に満ち、外では室外機がうなっていました。ちゃぶ台の麦茶のコップはすぐに汗をかき、輪じみが天板に残る。籐のうちわは出番を失い、レースのカーテン越しの日差しだけが夏の強さのまま床に落ちていました。冷えすぎると誰かがひもを引いて止め、しばらくするとまた誰かが入れました。

霧ヶ峰の特設ページの年表には、部屋の温度を表示する機能、人の暑い・寒いの感じ方に合わせて自動で調節する機能、赤外線センサー、ぐるりと動く「ムーブアイ」と、その後に加わった仕組みが並びます。いまの霧ヶ峰は、リモコンの「おまかせA.I.自動」ボタンひとつで部屋を快適にできる、とサステナビリティのページは紹介しています。一つの部屋にだけ付いた一台を家族で囲んだ夏から、寝室にも子ども部屋にもエアコンがある暮らしへ変わりました。

エアコンが来た年も、付いた部屋も家ごとに違います。商店の奥の茶の間に先に付いた家、親戚の家で初めて冷たい風に当たった人、学校や職場で先に知った人。扇風機と並べて使い続けた家もありました。あなたの家に初めてエアコンが付いた夏、その風がいちばん当たる場所に座っていたのは誰でしたか?

三菱電機の霧ヶ峰を思い出す三つの手がかり

  1. 三菱電機の霧ヶ峰にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。