昭和63年(1988年)ごろの伊藤ハムのポークビッツ|朝のフライパンで転がし、弁当箱のすきまに詰めた小さなウインナー
昭和63年〜平成4年(1988〜1992年ごろ)の伊藤ハムのポークビッツを手がかりに、小さなウインナーが朝の台所と弁当箱に入ってきたころを振り返ります。伊藤ハムの沿革で発売の年と開発の理由、大きさを、公式ブランドサイトで火の通る時間を確かめ、焼ける音や今との違いをたどります。

40代の時間軸
伊藤ハムの沿革には、1988年の欄に「ポークビッツ新発売」とあります。マーケティングリサーチで、消費者がウインナーを炒めることに煩わしさを感じ、調理の簡便さを求めているとわかったのが開発のきっかけでした。火が通りやすく、切れ目を付けずに使え、どんな料理の具にもなる。大きさは直径1センチ、長さ4センチで、従来のウインナーの約3分の1です。開発当時の同社の調べでは、世界で一番小さいウインナーでした。1989年には日経年間優秀製品・サービス賞を受け、沿革はいまも月間300トンを生産する看板商品の一つと書いています。
公式ブランドサイトは、火の通りを約1分としています。忙しい朝、卵焼きを焼いたフライパンの端でポークビッツを転がし、焼き色がついたら弁当箱のすきまに詰める。ご飯とおかずの間に小さな一本が入ると、ふたを開けたときの見た目がにぎやかになりました。夕食ではナポリタンや野菜炒め、焼きそばの具になり、袋から出してそのまま鍋に入れられる手軽さが重宝されました。
油を引いたフライパンに落とすとジュッと音がして、皮がはじけそうに張ります。うす皮なので、噛むとすぐにプツッと切れ、豚肉の脂と塩気が広がりました。焼ける匂いが廊下まで流れてきて、その匂いで目を覚ました朝もあります。
ブランドサイトには電子レンジでの調理もできると書かれ、レシピや動画、「飾り切り」のページまで並んでいます。いまは冷凍の弁当おかずや詰めるだけの総菜も多く、朝の台所で火を使わずに弁当を仕上げる家もあります。それでも、小さな一本に包丁を入れて形を作る楽しみは、サイトの頁にも残っています。
ポークビッツの出番は家ごとに違いました。運動会の重箱に爪ようじを刺して並べた家、朝食の目玉焼きの横に添えた家、子どもが自分で焼けるようになって最初に任された家。あなたの弁当箱のポークビッツは、どんな形に切られて入っていましたか?
伊藤ハムのポークビッツを思い出す三つの手がかり
- 伊藤ハムのポークビッツにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 伊藤ハム「沿革」
- 伊藤ハム「ポークビッツ」ブランドサイト
- 編集確認日:2026-10-30。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。