あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 学校・青春

昭和50年(1975年)ごろのフジパンのスナックサンド|四方を閉じた袋入りのサンドイッチを鞄に入れて出かけた日

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のフジパンのスナックサンドを手がかりに、サンドイッチを袋に入れて持ち歩けるようになったころを振り返ります。アドタイの記事で発売日と開発の発想を、フジパンの沿革と商品ページで記念日や周年、今の味の並びを確かめ、閉じた縁の手ざわりや今との違いをたどります。

昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のフジパンのスナックサンドを再現したイメージ。昼休みの柔らかな日差しが入る高校の教室の机で、縁を閉じた白いパンのサンドイッチが二つ無地の透明な包みに入り、一つはかじった口から卵サラダがのぞき、横に印刷のない牛乳パックと無地の通学鞄がある。
昭和50年〜昭和54年(1975〜1979年ごろ)のフジパンのスナックサンドを再現したイメージ。昼休みの柔らかな日差しが入る高校の教室の机で、縁を閉じた白いパンのサンドイッチが二つ無地の透明な包みに入り、一つはかじった口から卵サラダがのぞき、横に印刷のない牛乳パックと無地の通学鞄がある。(イメージ)

50代の時間軸

アドタイ(宣伝会議)の記事によると、フジパンの「スナックサンド」は1975年9月15日に発売された、日本初の携帯型サンドイッチです。サンドイッチは家庭での手づくりが主流だった中で、「袋に入った菓子パンのように持ち歩けるサンドイッチを」という発想から開発が始まりました。試行錯誤の末、四方を圧着して具材の配合を工夫し、持ち運びやすく、一般的なサンドイッチより長持ちする形にたどり着いています。当時の社長・舟橋正輝氏は製法特許を取ったうえで、業界の発展のために広く使うことを認めました。フジパンの沿革は、平成27年(2015年)に9月15日を「スナックサンドの日」として登録認定し、令和元年(2019年)に発売45周年を迎えたと記しています。

スナックサンドは、スーパーや町の商店の菓子パンの並びで手に取ることの多いパンでした。袋のまま鞄に入れ、部活の前、塾へ行く途中、遠足の昼に出して食べる。中身がこぼれないので、包丁も皿も要りません。

袋を開けると、やわらかい白いパンの甘い匂いがします。手に持つと、縁の閉じたところだけが少し硬く、指で押すと平たくつぶれました。かじると、縁の歯ざわりのあとに、ふくらんだ真ん中から具がにゅっと出てくる。ピーナツなら甘く口の中に貼りつき、タマゴなら塩気とマヨネーズの酸味が来ます。鞄の中で押されて形がゆがんでも、閉じた縁のおかげで中身は外へ出ませんでした。牛乳と一緒に、机の上であっという間に二つを食べ終えます。

あとから出た携帯サンドイッチのほうが名前を知られるようになり、アドタイの記事は、近年の同社の調査で競合製品との認知率の差が圧倒的になっていると伝えています。発売50周年の広告は、「元祖なのに売上は2位」というコピーをあえて掲げました。いまのフジパンの商品ページには、タマゴ、ツナ&マヨ、ピーナツから、あまおう苺&マーガリン、テリヤキチキン&タルタルまで、2個入りの袋がずらりと並びます。

スナックサンドを買った場面は、人によって違います。母親が買い置きして朝食代わりに持たせてくれた家、部活の帰りに商店で一袋買った人、あとから出た別の商品と区別がつかないまま食べていた人。あなたが袋から出して食べたスナックサンドは、どこで食べた何の具でしたか?

フジパンのスナックサンドを思い出す三つの手がかり

  1. フジパンのスナックサンドにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。