あアノコロ記憶のタイムマシン
30代 街・暮らし

平成23年(2011年)ごろの東洋水産のマルちゃん正麺|丸い乾麺を小鍋に沈め、すすって袋麺の弾力に驚いた夜

平成23年〜平成27年(2011〜2015年ごろ)の東洋水産のマルちゃん正麺を手がかりに、袋麺をもう一度家の台所で作るようになったころを振り返ります。東洋水産の沿革で発売の年月を、中小企業基盤整備機構のJ-Net21の取材記事で開発の年数や麺の長さを確かめ、ゆでた麺の手ごたえや今との違いをたどります。

平成23年〜平成27年(2011〜2015年ごろ)の東洋水産のマルちゃん正麺を再現したイメージ。夕方の暖かな光が入るアパートの台所のカウンターで、湯気の立つ醤油ラーメンの丼にねぎと半熟卵がのり、なめらかな麺を少し持ち上げた箸が丼に掛けられ、横に裏向きの無地の麺の袋と小さな片手鍋がある。
平成23年〜平成27年(2011〜2015年ごろ)の東洋水産のマルちゃん正麺を再現したイメージ。夕方の暖かな光が入るアパートの台所のカウンターで、湯気の立つ醤油ラーメンの丼にねぎと半熟卵がのり、なめらかな麺を少し持ち上げた箸が丼に掛けられ、横に裏向きの無地の麺の袋と小さな片手鍋がある。(イメージ)

30代の時間軸

東洋水産の沿革には、2011年(平成23年)11月の欄に「マルちゃん正麺発売」とあります。中小企業基盤整備機構のJ-Net21の取材記事によると、開発に費やした期間は少なくとも5年でした。2006年ころに総合研究所から「生麺のようになめらかでコシのある食感の麺」の報告があり、のちに「生麺うまいまま製法」と名づけられる試作は1000回を超えています。ふつうの袋麺は切り分けた麺を蒸してから揚げるか熱風で乾かしますが、正麺は切った生の麺をそのまま乾燥させます。麺の長さは25〜30センチメートルにそろえ、多くの袋麺が四角いのに対して丸く成形しました。ゆでる鍋が丸いから、というのが担当者の説明です。発売の2カ月前には、流通関係者を招いた試食会を兼ねる発表会を全国7カ所で開きました。

テレビCMでは役所広司さんが「ウソだと思ったら、食べてください」と語りかけました。半信半疑で一袋を買い、休日の昼や夜食に作ってみる。記事によれば、袋麺を食べる人の約7割は野菜などの具を入れており、スープはもやしやキャベツ、ネギをのせて味の変化を確かめながら作られています。

小鍋に湯を沸かし、乾いた麺の円盤をそのまま沈めます。表面は少しざらついて硬く、乾いた小麦の匂いがしました。ほぐれてくると麺は白っぽく透け、箸で持ち上げるとつるりと重い。湯気で台所の窓が曇り、スープの小袋を切ると醤油の香りが一気に立ちます。すすると、麺が歯を押し返してきました。

記事は、発売から8カ月後に累計出荷数が1億食を超え、3本目の生産ラインを設けたあとに5億食へ届いたと伝えています。一方で、袋麺そのものは長く縮んできた市場でした。1971年にカップ麺が出てから伸びたのはお湯を注ぐだけの側で、2011年の生産数量はカップ麺36億400万食に対して袋麺17億7100万食です。東洋水産の沿革では、2015年(平成27年)10月に「マルちゃん正麺カップ」が加わりました。公式サイトはいま「発売から15周年」と掲げています。

作る人も場面も、家ごとに違いました。単身の部屋の一口コンロで鍋ごと食べた人、週末に家族の分を何袋もまとめてゆでた人、塩味に卵を落とすのが決まりだった人。あなたが初めてマルちゃん正麺を作った夜、鍋の中にどんな具を足しましたか?

東洋水産のマルちゃん正麺を思い出す三つの手がかり

  1. 東洋水産のマルちゃん正麺にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。