あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 音楽

昭和58年(1983年)ごろのヤマハのクラビノーバ|ヘッドホンを掛けて夜に弾いた居間の壁際の電子ピアノ

昭和58年〜昭和62年(1983〜1987年ごろ)のヤマハのクラビノーバを手がかりに、居間の壁際に置かれた鍵盤の記憶を振り返ります。ヤマハの25周年の発表と35周年の特設サイト、島村楽器の40周年特集で登場の年と後の機種を確かめ、鍵盤の重さや夜の練習の音をたどります。

昭和58年〜昭和62年(1983〜1987年ごろ)のヤマハのクラビノーバを再現したイメージ。夕方のランプの光が届くアパートの居間の壁際に、濃い茶色の木のキャビネットの電子ピアノと小さな腰掛けがあり、白と黒の鍵盤が並び、側面に無地のヘッドホンが掛かっている。
昭和58年〜昭和62年(1983〜1987年ごろ)のヤマハのクラビノーバを再現したイメージ。夕方のランプの光が届くアパートの居間の壁際に、濃い茶色の木のキャビネットの電子ピアノと小さな腰掛けがあり、白と黒の鍵盤が並び、側面に無地のヘッドホンが掛かっている。(イメージ)

50代の時間軸

ヤマハの米国法人が2008年に出した25周年の発表によると、クラビノーバは1983年にYP-40として登場しました。ヤマハの35周年の特設サイトは、最初の機種が1983年に新開発のME鍵盤を載せて発売されたと書いています。名前は鍵盤楽器を指すラテン語の「clavier」と新しいを意味する「nova」を合わせたものです。ロゴはヤマハのデザイン研究所の田中信正氏の仕事で、同氏はYP-30/40の製品デザインにも関わりました。

学校から帰って宿題の前に練習曲を一度、夕食のあとにもう一度。音量のつまみを絞っておき、夜はヘッドホンを着けて弾くので、隣の部屋のテレビの音はそのまま流れ続けます。

壁際の濃い茶色のキャビネットは、乾いた木の匂いのする部屋の一角に収まっていました。蓋を上げると白い鍵盤がランプの光をうっすら返します。指を沈めるとコトンと底に当たる手ごたえがあり、電源を切った鍵盤は音もないのに同じだけ重い。ヘッドホンを着けると耳の周りがじんわり温かくなり、自分のピアノの音だけが頭の中で鳴りました。外から聞こえるのは、鍵盤がカタカタと動く小さな音と、腰掛けのきしみです。スピーカーで鳴らす昼間は、背後から台所の水の音も混ざります。弾き終えてヘッドホンを側面のフックに戻すと、コードが揺れて板に軽く当たりました。

特設サイトによると、1980年代のカタログには1985年のショパン国際ピアノコンクールを19歳で制したスタニスラフ・ブーニンが登場し、1990年のカタログにはCLP-650、CLP-550、CLP-250が並びます。白い型が初めて加わったのは1991年。1992年のカタログの表紙には、開発と普及に関わったピアニスト倉本裕基の自筆譜が使われました。島村楽器の特集が組まれた2023年で、誕生から40周年になりました。

どの部屋に置くかは、それぞれの家の事情で決まりました。団地の居間で階下を気にしながら弾いた人、音楽教室の隅で順番を待った人、親戚の家で一度だけ触れた人もいれば、本物のピアノから買い替えた家もあります。あなたがクラビノーバを弾いた部屋では、夜はスピーカーとヘッドホンのどちらで音を出していましたか?

ヤマハのクラビノーバを思い出す三つの手がかり

  1. ヤマハのクラビノーバにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。