あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和57年(1982年)ごろの日産のマーチ|車名を公募で決め、「マッチのマーチ」の文句で売り出した角ばった三ドア

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の日産のマーチを手がかりに、角ばった小さな車が街に出たころを振り返ります。日産のヘリテージコレクション2件とベストカーの記事で発売の年月や車名の決まり方を確かめ、チェック柄のシートやパイクカーへの広がりをたどります。

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の日産のマーチを再現したイメージ。低いコンクリート塀の脇の静かな住宅街に、四角いヘッドライトと黒い格子を持つ赤い角ばった三ドアの小型車が春の光の中で止まっている。
昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の日産のマーチを再現したイメージ。低いコンクリート塀の脇の静かな住宅街に、四角いヘッドライトと黒い格子を持つ赤い角ばった三ドアの小型車が春の光の中で止まっている。(イメージ)

50代の時間軸

日産のヘリテージコレクションによると、初代マーチは1981年の東京モーターショーにコンセプトカー「NX-018」として出展され、大規模な車名公募を経て1982(昭和57)年10月に発売されました。ベストカーの記事は、日産がそれまで手がけたことの無かったFFのコンパクトカーで、新開発の1Lエンジンを積み、基本デザインをジウジアーロに依頼したと書いています。イメージキャラクターは当時18歳の近藤真彦さん。広告には「マッチのマーチ」の文句が躍り、若い女性を中心に関心を集めました。ヘリテージコレクションは、経済的で扱いやすい基本性能と飽きのこないスタイリングで、行動的な女性を中心に人気を得たと説明しています。生産はスカイラインと同じ村山工場で、専用のラインを新設したとベストカーは伝えています。

小回りが利くので、狭い路地の多い町でも扱いやすい車でした。1983年4月に加わったコレットは最上級グレードの「G」をもとにしたもので、チェック柄のシートと前の席の両方に付くバニティミラーがおしゃれさを打ち出します。運転席でミラーを開いて前髪を直してから、エンジンをかける。そんな使い方もこの車には似合いました。

朝の駅前で家族を送り、帰りに八百屋の前へ寄せる。987ccのエンジンは回すと高い音を立て、細いハンドルには走行中の細かな震えが伝わります。夏の午後、薄いドアを閉めるとパタンと軽い音がして、チェックのシートは日なたの熱をため込んでいました。

1985年式のコレットで全長は3,760mm、車両重量は690kg。ベストカーの記事によれば、初代は10年にわたって作られ、1987年の「Be-1」、1989年の「パオ」、1991年の「フィガロ」といった別の形の車の土台にもなりました。小さな車に衝突安全の装備や大きな画面が当たり前に積まれる今と比べると、室内は驚くほど簡素です。窓はハンドルで回し、音楽は小さなカセットの機械で聴いていた人も多かったはずです。

母親の買い物用だった家もあれば、免許を取って初めて任された一台だった人もいます。スーパーシルエットと呼ばれる派手な特別車を雑誌で眺めただけの人もいました。あなたの覚えているマーチは、誰が運転して、どの道を走っていましたか?

日産のマーチを思い出す三つの手がかり

  1. 日産のマーチにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。