平成9年(1997年)ごろのトヨタのプリウス|信号待ちでエンジンの音が消えた背の高いセダン
平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のトヨタのプリウスを手がかりに、街に現れたハイブリッド車を振り返ります。トヨタ自動車75年史の車両詳細と発表資料、ベストカーの記事で発売日や燃費、価格を確かめ、信号待ちの静けさや中央に寄せたメーターをたどります。

40代の時間軸
トヨタ自動車75年史の車両詳細は、初代プリウスの発売日を1997年12月10日とし、ハイブリッドシステムを採用した世界初の量産車と記しています。専用設計の1.5リッターガソリンエンジンと電気モーターを走行状況に応じて組み合わせ、止まっているときはエンジンを止め、減速や制動のときは運動エネルギーを電気に変えて回収しました。全長は4275mm、全高は1490mmで、FFの5人乗りセダン。1997年10月14日の発表資料は燃費を28km/L(10・15モード)と公表し、ベストカーの記事は215万円(税抜き)の価格に「原価割れしているのではないか」という噂が立ったと伝えています。発売当初のキャッチコピーは「21世紀に間に合いました」でした。
運転席に座ると、計器はハンドルの奥に無く、ダッシュボードの中央の上に数字で並んでいます。シフトレバーはダッシュボードから生えたピストルのような握りで、足もとの床は左右が通り抜けられました。音響用の画面には、エンジンとモーターのどちらが働いて、どこへ電気が戻っているかが映ります。助手席の子どもが、矢印の動く画面を信号のたびにのぞき込むこともありました。
車庫から出して、郊外のスーパーへ買い物に出る。赤信号で止まるとエンジンの音が消え、ウィンカーのカチカチという音とエアコンの風だけが車内に残りました。青に変わってアクセルを踏むと、モーターの低いうなりが足もとから上がってきて、少し遅れてエンジンがかかります。背中に伝わるのはそのときのかすかな震えです。後ろの窓は緑がかったガラスで、西日の当たる駐車場でも光が和らいで見えました。
同じ車種が街にあふれるのはまだ先の話で、75年史によると輸出が始まったのは2000年からです。駐車場で珍しがられ、給油のたびに店員に尋ねられた人もいました。いまは電気で走る区間を持つ車が珍しくなく、信号でエンジンが止まっても振り向く人はいません。
覚えている場面はさまざまです。社用車で初めて運転した人、親が買い替えて後ろの席に座った人、タクシーで乗り合わせて音の無さに驚いた人。あなたが初代プリウスに初めて乗ったとき、最初に気になったのは静けさと真ん中のメーターのどちらでしたか?
トヨタのプリウスを思い出す三つの手がかり
- トヨタのプリウスにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- トヨタ自動車75年史 車両系統図「プリウス 1代目」
- トヨタ自動車 発表資料「Toyota Launches the Revolutionary PRIUS Hybrid Passenger Vehicle」(1997年10月14日)
- ベストカーWeb「プリウス誕生から25年! 現行プリウスが販売店に与えた功績って何!?」
- 編集確認日:2026-10-31。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。