あアノコロ記憶のタイムマシン
60代 街・暮らし

昭和53年(1978年)ごろのヤマハのSR400|キックペダルを踏み下ろしてエンジンをかけた単気筒のオートバイ

昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のヤマハのSR400を手がかりに、単気筒のオートバイに乗っていたころを振り返ります。ヤマハ発動機の広報発表資料2件とバイクブログで初代の発売年月や小売価格を確かめ、キックペダルの手順や鼓動をたどります。

昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のヤマハのSR400を再現したイメージ。杉林を背にした山道の路肩に、涙形の燃料タンクと丸いヘッドライト、冷却フィンの並ぶ単気筒エンジン、まっすぐなクロームの排気管を持つ黒いオートバイが曇り空の下で止まっている。
昭和53年〜昭和57年(1978〜1982年ごろ)のヤマハのSR400を再現したイメージ。杉林を背にした山道の路肩に、涙形の燃料タンクと丸いヘッドライト、冷却フィンの並ぶ単気筒エンジン、まっすぐなクロームの排気管を持つ黒いオートバイが曇り空の下で止まっている。(イメージ)

60代の時間軸

ヤマハ発動機が1998年に出した広報発表資料によると、SR400の初代は1978年3月に発売されました。同じ資料の車歴表は、最初の型の小売価格を310,000円とし、SOHC単気筒のエンジンとCDI点火、キックインジケーター、フロントのディスクブレーキ、タンクインフレームを特徴に挙げています。翌年10月にはキャストホイールのSPが加わりました。

エンジンをかける手順は決まっています。キックインジケーターの小窓を見ながらペダルをそっと踏み、ピストンの位置を合わせる。デコンプレバーを握ってひと呼吸おき、右足に体重を預けて踏み下ろす。うまくいけば、次の瞬間には排気管が太い音を吐き始めました。

休みの朝、自宅の前や下宿の駐輪場で、革靴の底をペダルに掛けます。エンジンが冷えていれば一度でかかるとは限らず、踏み返しを食らった足首がじんと痛むことがありました。走り出すと単気筒の鼓動が燃料タンクを挟んだ膝に伝わり、低い回転では一発ずつの爆発を数えられそうな気がします。峠の杉林を抜けると、冷却フィンのあたりから焼けた油の匂いがかすかに立ちのぼりました。止めたあとはチン、チンと金属の冷える音がしばらく続きます。

資料によると、1998年3月の20周年モデルは初代のころのカラーリングイメージを再現して425,000円で売られ、その時点で20年継続して売られていたスポーツバイクは国産でこのSR400だけで、その数年は初代の発売より後に生まれた10代が新規需要の約3割を占めていました。2021年1月の発表は、3月15日発売のFinal Editionをもって国内向けの生産を終えると告げています。価格は605,000円、限定1,000台のLimitedは748,000円で、通常版にはダークグレーとブルーの2色が用意されました。ボタンひとつで始動する二輪があたりまえになったあとも、ブログが書くとおりキックスタートだけは変えずに通しました。

就職して最初に買った人、先輩から譲られた人、街で見かけて後年になって手に入れた人。セパレートハンドルに替えた仲間や、タンクを塗り直した知人の顔が一緒に浮かぶ人もいます。あなたがSR400のキックペダルを初めて踏んだとき、エンジンは何回目でかかりましたか?

ヤマハのSR400を思い出す三つの手がかり

  1. ヤマハのSR400にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。