昭和37年(1962年)ごろのカワダのダイヤブロック|売れ残った鉛筆キャップが、畳の上の透明な家になるまで
昭和37年〜昭和41年(1962〜1966年ごろ)のカワダのダイヤブロックを手がかりに、畳に部品を広げて家を組んだ午後を振り返ります。カワダのブランドヒストリーと製品紹介、Business Insider Japan の記事で発売の年月と名前の由来を確かめ、透明な部品の光り方から今の角の丸みまでをたどります。

70代の時間軸
カワダの「ダイヤブロックヒストリー」によると、原型は鉛筆のキャップでした。当時の小学生は、家で削った鉛筆の先が折れないようキャップをかぶせて学校へ行くのが一般的で、黒と赤の鉛筆を二本一緒に収められるものなら売れるだろうと作られます。ところがあまり売れず、大量の在庫が残りました。困った社員が別の使い道のアイデアを募り、つなげて遊べる形に目をつけて店頭で実演販売すると、飛ぶように売れたそうです。突起が二つでは作れる形に限りがあるので改良を重ね、1962年10月に発売されたのがダイヤブロックでした。初代は白以外がすべて透明で、組み上げた作品がダイヤモンドのようだったことが名前の由来です。
説明書が入ったのは、1966年のモデルセットが最初でした。「モデルハウスNo.1 ロッジセット」には赤い大きな三角屋根が付き、下から一段ずつ、設計図のような平面図で組み方を示していました。翌1967年の「3LDKセット」には「サッシ」のブロックが入り、これだけで別売りされるほどの人気になります。
箱を傾けると、部品が畳の上へジャラジャラとこぼれ出ます。障子の桟の影が伸びるころ、透明な赤を一つ窓にかざすと、指先まで赤く染まって見えました。上から親指で押すと小さくパチッとはまり、外すときは爪の先が頼りです。何段か積んだところで同じ色が足りなくなり、壁の途中から白に変わります。部品の角が膝に刺さって、座り直しました。夕飯の支度の匂いがしてくるころ、作りかけの家を崩すかどうかで迷います。
工場は長野県東御市にあり、いまの製品紹介のブロックは角に丸みをつけて、組みやすく外しやすくした形です。2022年に誕生60周年を迎えた時期に発表された「オコメイロ」は、古米や破砕米を原料にしたライスレジンを約50.1%以上使います。「ブロックの角に手が当たると痛い」という保護者らの声が、角の丸さのきっかけでした。Business Insider Japan の記者は、収納容器のフタを開けた瞬間におせんべいのような匂いがしたと書いています。
手にした時期で、覚えているブロックは変わります。透明な初代の輝き、180円からのマスコットシリーズを小遣いで買った一台、1985年に始まった「みんなのまち」のケーキショップ。あなたのダイヤブロックの箱で、いちばん取り合いになった部品は何でしたか?
カワダのダイヤブロックを思い出す三つの手がかり
- カワダのダイヤブロックにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- カワダ「ダイヤブロックヒストリー」
- カワダ「ダイヤブロックとは」
- Business Insider Japan「米を使ったダイヤブロック『オコメイロ』が登場」(2022年6月22日)
- 編集確認日:2026-11-01。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。