あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和56年(1981年)ごろのスズキのカタナ|峠の待避所の朝もやに光った、尖った銀色のカウル

昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のスズキのカタナを手がかりに、輸出車と国内向けの750で分かれた憧れを振り返ります。スズキのデジタルライブラリーと、ヤングマシンの記事で、発表の経緯や国内仕様のハンドルを確かめました。

昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のスズキのカタナを再現したイメージ。霧のかかる明け方の峠の待避所で、鉄のガードレールの脇に、尖った銀色の小さなカウルと角ばったタンク、黒い空冷四気筒エンジンを持つオートバイが止まっている。
昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のスズキのカタナを再現したイメージ。霧のかかる明け方の峠の待避所で、鉄のガードレールの脇に、尖った銀色の小さなカウルと角ばったタンク、黒い空冷四気筒エンジンを持つオートバイが止まっている。(イメージ)

50代の時間軸

スズキのデジタルライブラリーによると、GSX1100S KATANAは1980年にドイツのケルンモーターショーで発表され、「ケルンの衝撃」と呼ばれました。翌年に生産が始まった輸出車で、刀をモチーフにした外観に、総排気量1,074ccの空冷4気筒を組み合わせています。細部も話題になり、独特のコンビネーションメーターやスウェード調のシート、サイドカバーの大きなチョークダイヤルが挙げられています。

日本の販売店に並んだのは、1982年のGSX750Sです。排気量は747cc、価格は598,000円。ヤングマシンの記事によれば、輸出車の低いハンドルが手前へ大きく伸びる形に変わり、「耕運機ハンドル」と揶揄されました。写真で見た輸出車と目の前の国内車を見比べて、店先で黙り込む若者がいます。それでも頭金を貯め、納車の日まで雑誌を切り抜いて机の前に貼っていました。

峠の待避所にバイクを寄せると、ガードレールの鉄が朝露で濡れています。止めたばかりのエンジンは、ちりちりと冷えていく音を立てました。銀色の塗装は霧の白さと溶けあって、尖ったカウルの輪郭だけが浮かび上がります。スウェード調のシートは湿り気を吸い、手のひらを置くとひんやりしました。持参の魔法瓶からお茶を注ぎ、湯気越しに車体を眺める時間のほうが、走っている時間より長かった人もいます。

同じライブラリーによると、GSX1100S KATANAは排気量上限の撤廃を受けて1994年に国内向けにも899,000円で売られ、2000年まで生産されました。2019年の新しいKATANAは998ccの直列4気筒を載せ、燃料タンクから車体先端までの線で当時の形をなぞっています。いまは輸出車と国内車を見比べて悩むことがありません。

実車を持った人より、街角で見かけて足を止めただけの人のほうが多かったはずです。隣町の高校の先輩の一台を覚えている人もいます。あなたがカタナを間近で見たとき、最初に目を奪われたのはカウルの先とハンドルの形のどちらでしたか?

スズキのカタナを思い出す三つの手がかり

  1. スズキのカタナにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。