あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 街・暮らし

平成9年(1997年)ごろのホンダのリトルカブ|ブロック塀の脇に止めた、足の届く小さなカブ

平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のホンダのリトルカブを手がかりに、街の足になった小さな原付を振り返ります。本田技研工業の1997年のニュースリリース2本と2015年のリリースで、発売日、車輪の大きさ、価格、色を確かめました。

平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のホンダのリトルカブを再現したイメージ。午後の静かな住宅街の裏道で、低いコンクリートブロック塀の脇に、小さなスポークの車輪と白いレッグシールド、赤と白の二色の車体を持つ小型の原付がサイドスタンドで止まっている。
平成9年〜平成13年(1997〜2001年ごろ)のホンダのリトルカブを再現したイメージ。午後の静かな住宅街の裏道で、低いコンクリートブロック塀の脇に、小さなスポークの車輪と白いレッグシールド、赤と白の二色の車体を持つ小型の原付がサイドスタンドで止まっている。(イメージ)

40代の時間軸

本田技研工業の1997年7月28日のニュースリリースは、スーパーカブをもとにした「ホンダ リトル カブ」を8月8日に発売すると伝えています。タイヤを17インチから14インチに小さくして、シート高は0.735mから0.705mに下がり、リアキャリアも30mm低くなりました。総排気量は49立方センチの空冷単気筒、価格は159,000円で、国内の年間販売計画は20,000台。同じ年の10月13日には、ホンダの二輪車世界生産累計1億台の記念車として、熊本製作所でリトルカブのラインオフ式典が開かれました。

色は3種類でした。緑と白、赤と白の明るいツートーン、それに銀と茶の組み合わせです。駅までの数分、スーパーへの買い出し、学校帰りのアルバイト。変速は足で踏むだけの3段で、自動遠心クラッチだから左手でレバーを握る必要がありません。初めてバイクに乗る人が、これなら足が着くと店先で跨いで決めることもありました。

エンジンをかけるのは右のキックペダルです。朝の冷えた日は二度、三度と踏み込み、ようやくとことこと規則正しい音が足もとから上がってきました。車両重量は78kgで、ブロック塀の脇の狭い隙間に押して入れるときも腕に無理がかかりません。夕方になると、夏の塀に残った熱が膝のあたりに伝わります。前かごのない車体に、スーパーの袋をキャリアのゴム紐で縛りました。信号で止まれば、エンジンの小さな震えがハンドルの細いグリップ越しに手のひらへ届きます。

2015年のリリースによると、ホンダはリトルカブを前後14インチのスーパーカブシリーズの一つとして売り続け、丸みのある形が幅広い層に支持されたと書いています。いま同じ道を走る足には電動アシスト自転車も加わり、原付を選ぶ理由を問われることが増えました。

通勤の足にした人、学生時代に先輩から譲り受けた人、配達の仕事の合間に親の一台を借りた人。あなたがリトルカブのキックペダルを初めて踏んだのは、どこの道でしたか?

ホンダのリトルカブを思い出す三つの手がかり

  1. ホンダのリトルカブにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。