あアノコロ記憶のタイムマシン
70代 学校・青春

昭和23年(1948年)ごろのトンボ鉛筆の8900|写真修整の高級品だったオリーブグリーンの軸を小刀で削った机

昭和23年〜昭和32年(1948〜1957年ごろ)のトンボ鉛筆の8900を手がかりに、緑の軸を削って短くなるまで使ったころを振り返ります。トンボ鉛筆の沿革と製品ページ、Impress Watch の記事で発売の年月と軸色が決まった年を確かめ、小刀の削り跡から今の六硬度の並びまでをたどります。

昭和23年〜昭和32年(1948〜1957年ごろ)のトンボ鉛筆の8900を再現したイメージ。窓のやわらかな昼の光が入る木の学校机に、文字のない濃いオリーブグリーンの六角の鉛筆が数本置かれ、刃物で不揃いに削られた先と端まで使って短くなった一本、丸まった木の削りくず、無地の小さな折りたたみナイフが添えられている。
昭和23年〜昭和32年(1948〜1957年ごろ)のトンボ鉛筆の8900を再現したイメージ。窓のやわらかな昼の光が入る木の学校机に、文字のない濃いオリーブグリーンの六角の鉛筆が数本置かれ、刃物で不揃いに削られた先と端まで使って短くなった一本、丸まった木の削りくず、無地の小さな折りたたみナイフが添えられている。(イメージ)

70代の時間軸

トンボ鉛筆の沿革は、1945年(昭和20年)11月の欄に「写真修整用高級鉛筆『8900』発売。1本30銭。」と記します。子どもの筆箱とは遠いところから始まった鉛筆でした。Impress Watch によれば、30銭は学習用鉛筆の約3倍。芯に微粒子加工を施し、設計製図や青写真、写真修整の用途に供給されました。現在の黄色いダース箱とオリーブグリーンの軸が完成したのは、発売3年後の1948年です。製品ページはいま、8900を「事務・学習用鉛筆のスタンダード」と紹介しています。高級品がいつ学校の机へ広がったのか、その年は沿革にも製品ページにも見当たりません。

削るのは前の晩です。小刀を軸に当て、手前へ向けないようにして少しずつ木を落とし、最後に芯の先を紙の上でそろえました。新聞紙を広げておかないと、畳に黒い粉が落ちて叱られます。

教室の木の机で、緑の軸は窓の光を鈍く返します。六角の角は指の腹に当たり、握り続けると中指の第一関節に跡がつきました。小刀の削り跡は一面ごとに長さが違い、隣の席の鉛筆と並べると、誰が削ったのか見当がつきます。薄い削りくずは丸まって机の溝に入り、鼻を寄せると木の匂いがしました。芯が紙の上を進むと、静かな教室に細かな擦れる音が重なります。短くなるにつれて軸は軽くなり、指の間で転がりやすくなって、そのうち親指の幅ほどになると、もう握るというよりつまむ持ち方です。黄色いダース箱の中で、一本だけ背の低い緑が混じっていました。

沿革をたどると、削る道具のほうが先に変わっていきます。1952年に鉛筆削り機「408」、1962年に電気シャープナー「ピコ」、1977年に手動の「るん」。今の8900は2Hから2Bまでの6硬度で、12本入り660円(税抜価格600円)です。2011年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受け、2019年には70周年を記念した限定セットが13,500個出ました。

親の勤め先から持ち帰られた一本だったり、文具店で一本ずつ買った一本だったり。あなたの手元で短くなった8900は、最後にどこへしまわれましたか?

トンボ鉛筆の8900を思い出す三つの手がかり

  1. トンボ鉛筆の8900にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。