昭和52年(1977年)ごろの三幸製菓の雪の宿|電話の聞き間違いで決まった名の、塩味に白い蜜のせんべい
昭和52年〜昭和56年(1977〜1981年ごろ)の三幸製菓の雪の宿を手がかりに、こたつの上の白いせんべいを振り返ります。三幸製菓の沿革と雪の宿の公式サイトで発売の年と名前の由来を確かめ、白い面をどちらに向けて食べたかまでをたどります。

50代の時間軸
名前の由来は、社長の出張先の宿にあります。雪の宿の公式サイトによると、社長は降り積もる雪を眺めながら雪見酒に思いをめぐらせ、新商品を「雪見宿」と名づけて登録を指示しました。ところが、電話を受けた社員は「雪の宿」と聞き間違え、そのまま登録してしまったそうです。
三幸製菓の沿革では、発売は1977年。当時、蜜がけのせんべいは醤油味が中心で、塩味のサラダせんべいに蜜をかけた品はほかにありませんでした。油分の多いサラダせんべいには砂糖蜜が付きにくく、開発担当者は新潟の老舗のケーキ屋で修業して、せんべいと生クリームを合わせる技術を学んだといいます。公式サイトは、その苦労の末に塩味とマイルドな砂糖蜜の甘さの釣り合いができたと書いています。沿革によると、三幸製菓は2年前の1975年に「ぱりんこ」を出して主力に育てたばかりでした。発売後は新崎第二工場の主力になり、フル生産でも需要に追いつかず工場の新設が計画され、1982年には雪の宿を主力とする荒川第一工場が動き始めました。
盆に出されると、まず白いまだら模様が目に入ります。指で持つと蜜の面だけが少しざらつき、裏はつるりと乾いていて、噛むとサクッと軽く割れ、塩気のあとから甘さが来ます。こたつの中で足を伸ばしたまま手を伸ばすと、割れた細かいかけらが台の上に落ち、湯のみの緑茶はもうぬるくなっていました。窓の外の雪は音を吸い、台所の鍋の音だけが聞こえます。
片面だけに砂糖蜜をかける作りは公式サイトの説明どおりで、いまは北海道生クリームと濃厚ミルククリームのWクリームをうたっています。売り場には雪の宿サラダや黒糖みるく味、小さなミルクボールまで広がり、2012年に35周年、2017年に40周年を迎えました。
買ってくるのは祖母だったり、親戚の土産だったり、学校帰りに開けた戸棚の奥だったりします。公式サイトは、口に入れる時に白い面を上にするか下にするかで味の感じ方が微妙に違うと書いています。あなたは雪の宿を口に入れるとき、白い面を上にしていましたか、下にしていましたか?
三幸製菓の雪の宿を思い出す三つの手がかり
- 三幸製菓の雪の宿にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- 三幸製菓「沿革」
- 雪の宿公式サイト「誕生秘話と歴史」
- 雪の宿公式サイト「おいしさの秘密」
- 編集確認日:2026-11-01。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。