あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和56年(1981年)ごろのユニ・チャームのムーニー|物干しの布おむつの下で紙の袋を開けた朝

竿に干した布おむつの下に、紙の袋が置かれるようになった部屋があります。昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のユニ・チャームのムーニーについて、同社の沿革、ブランド公式の歴史、J-CASTの記事で、発売の年と最初の形が分かりました。

昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のユニ・チャームのムーニーを再現したイメージ。朝の光が入るアパートの部屋のたたんだ布団の上に、テープのついた無地の白い紙おむつが一枚と重ねた数枚、無地の袋、小さな毛布、セルロイドのがらがらが置かれ、奥に木のベビーベッドの柵がぼんやり見える。
昭和56年〜昭和60年(1981〜1985年ごろ)のユニ・チャームのムーニーを再現したイメージ。朝の光が入るアパートの部屋のたたんだ布団の上に、テープのついた無地の白い紙おむつが一枚と重ねた数枚、無地の袋、小さな毛布、セルロイドのがらがらが置かれ、奥に木のベビーベッドの柵がぼんやり見える。(イメージ)

50代の時間軸

ユニ・チャームの沿革は1981年の欄で、企業理念の発表と並べて「ベビー用紙オムツ「ムーニー」発売」を挙げています。ブランド公式の「ムーニーの歴史」はこれを純国産テープ型紙おむつと呼び、長方形をくぼませた砂時計型の新開発を最初の特徴に置きました。J-CASTの記事は、国産初のベビー用紙おむつとして登場したと紹介しています。

赤ちゃんを布団に寝かせ、足首を片手でそっと持ち上げて、開いた一枚を腰の下へすべらせる。前へ折り返し、左右のテープを留めます。動かれると貼る位置がずれて、貼り直すあいだにまた足が上がる。年の離れた弟や妹の世話を任された子には、布をたたんでカバーで押さえるより、手順の少ないこちらが頼りになりました。

朝の団地の部屋は、前の晩に洗った布おむつの洗剤の匂いがまだ残っています。窓の外の竿で白い布が揺れ、その影がたたんだ布団の上を行ったり来たりする。そこへ置いた袋はビニールが手に貼りつくようで、口を開けると、紙のやわらかく乾いた匂いが立ちました。一枚はふかふかと軽く、広げるときに紙のかさかさした音がする。テープをはがす小さな音に赤ちゃんの目がそちらへ動き、セルロイドのがらがらを振っても止まりません。替えたあとの一枚は急にずっしりして、丸めると手のひらに温かさが残りました。親に頼まれて買いに行く店では、大きな袋が抱えにくく、胸の前で潰れないよう持ち直しながら帰ってきます。

公式の歴史はこのあと、1987年の立体ギャザー ウルトラムーニー、1992年のパンツタイプ「ムーニーマン」へ続きます。立ったままはかせられる形は、よちよち歩きの子を追いかける親の手間を変えました。いまのサイトには病産院用の案内もあり、ユニ・チャームの頁には紙おむつのリサイクルの取り組みが載っています。竿に布の列が並ぶ景色は、集合住宅のベランダではあまり見なくなりました。

外出の日だけ袋を開けた家、夜の分だけ紙に替えた家、祖母が布をすすめて親と言い合いになった家。布と紙が両方あった時期に、あなたの家でムーニーの袋を開けるのは出かける前でしたか、それとも夜でしたか?

ユニ・チャームのムーニーを思い出す三つの手がかり

  1. ユニ・チャームのムーニーにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。