あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 街・暮らし

昭和57年(1982年)ごろの富士通のFM-7|三つの音が同時に鳴った夜の勉強机

前の年に出たFM-8から機能を削り、ずっと安くして家庭向けにした一台です。昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の富士通のFM-7について、情報処理学会コンピュータ博物館の解説で発表の時期と音の機能を、AKIBA PC Hotline!のコラムで当時の値段と後継機の流れをたどりました。

昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の富士通のFM-7を再現したイメージ。冬の夜、カーテンを閉めた中学生の部屋の勉強机に、手前の縁にキーボードを組みこんだ横長で低い暗い灰色の本体と、電源の切れた箱型のカラーブラウン管が並び、細いコードでつながった無地のカセットレコーダーと、無地のカセットテープ二本が置かれ、机の電灯がともっている。
昭和57年〜昭和61年(1982〜1986年ごろ)の富士通のFM-7を再現したイメージ。冬の夜、カーテンを閉めた中学生の部屋の勉強机に、手前の縁にキーボードを組みこんだ横長で低い暗い灰色の本体と、電源の切れた箱型のカラーブラウン管が並び、細いコードでつながった無地のカセットレコーダーと、無地のカセットテープ二本が置かれ、机の電灯がともっている。(イメージ)

50代の時間軸

情報処理学会のコンピュータ博物館は、1982年11月に富士通がFM-8の上位機FM-11と、普及機のFM-7を発表したと書いています。FM-7はFM-8の機能を絞りこみ、バブルカセットを削って、小さく、大幅に安くしたモデルです。シンセサイザ用のLSIによる3重和音と豊富なソフトで、ホビーマシンの地位を得ました。AKIBA PC Hotline!のコラムによると、前の年のFM-8が218,000円だったのに対し、FM-7は126,000円。この機種から、シャープ、NEC、富士通の御三家の時代が始まったといいます。

博物館の解説は、FM-7/77の系列が最初から高解像度のカラーグラフィックスと日本語表示を重んじていたと書いています。雑誌のプログラムを打ちこむ人も、店で買ったソフトを読みこむ人もいました。

ソフトはカセットテープから読みこむことが多く、レコーダーの再生ボタンを押すと、ピーという長い音のあとに、ガガガと細かい雑音のような音がしばらく続きます。そのあいだ画面には何も起きない。机の電灯の下で、テープのカウンターが回るのをじっと見ていました。うまく読みこめると、ブラウン管の画面いっぱいに色がつき、スピーカーから三つの音が同時に鳴る。一音ずつしか出ない機械を知っている人には、それだけで曲らしく聞こえました。キーを打つたびに、プラスチックがカタカタと軽い音を立てる。何時間も向かっていると、ブラウン管の熱で部屋の空気がぬるくなり、冬の窓だけが結露で白く曇っていきました。

コラムによれば、FM-7の2年後には基板を作り直したFM-NEW7が99,800円で出て、同じ年にFM-77へと進みました。いまは音楽を鳴らすのに音の数を気にする人はいません。読みこみの数分を待つあいだの、あの長いピーという音も聞かなくなりました。

春休みに買ってもらった中学生の家では、最初の一週間、FM-7は勉強机ではなく居間のテレビ台の横に置かれ、家族が交代で画面をのぞきこんでいました。二階の自分の部屋へ運び上げたのは、母が見飽きてからです。FM-7の三つの音で、あなたが最初に鳴らした和音は、どの曲のどの部分でしたか?

富士通のFM-7を思い出す三つの手がかり

  1. 富士通のFM-7にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。