あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 ゲーム・遊び

平成2年(1990年)ごろのセガのゲームギア|単3電池6本を入れ替えながら横長のカラー画面に見入ったこたつの上

ランプが点滅したら、残りの時間はわずかでした。平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のセガのゲームギアについて、英国の計算機博物館の年表で日本での発売日と液晶の画素数を、GAME Watchとファミ通の記事で値段、電池の数、周辺機器を確かめています。

平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のセガのゲームギアを再現したイメージ。夕方の暖かい光が入る居間で、こたつ布団をかけた低い木の台の上に、丸みのある黒い横長の携帯ゲーム機が画面を消して置かれ、上に黒いカートリッジが挿さり、横に無地の単3電池が六本立ち並び、奥にみかんがぼやけて見える。
平成2年〜平成6年(1990〜1994年ごろ)のセガのゲームギアを再現したイメージ。夕方の暖かい光が入る居間で、こたつ布団をかけた低い木の台の上に、丸みのある黒い横長の携帯ゲーム機が画面を消して置かれ、上に黒いカートリッジが挿さり、横に無地の単3電池が六本立ち並び、奥にみかんがぼやけて見える。(イメージ)

40代の時間軸

The Centre for Computing History の年表によると、セガは1990年10月6日に日本でゲームギアを発売しました。画面は160×144ドットのカラー液晶で、ヘッドホンをつなげばステレオで聞けました。GAME Watchの記事は価格を19,800円とし、日本で初めてカラー液晶を載せた携帯ゲーム機だったと書いています。ファミ通によれば液晶はバックライト付きの3.2インチで、ゲームボーイもPCエンジンGTも縦長だったなか、ゲームギアは横長の形でした。セガから出た初めての携帯型ゲーム機でもあります。

左右から包むように持ち、左の親指で方向を、右の親指でボタンを押す。電源を入れると、暗かった画面に色が灯りました。友だちのゲームボーイの白黒の画面と並べて見せたくなる瞬間です。

GAME Watchの筆者が書くとおり、ゲームギアは単3のアルカリ電池を6本使い、遊べるのは3〜4時間でした。裏のふたを開け、向きを確かめながら一本ずつ押しこむ。電池の入った本体はずっしりと手首に来ます。こたつの上に置いて画面をのぞきこんでいると、天板に肘の跡が残り、液晶の色がみかんの皮の色と並んで見えました。夢中になっていると、小さなランプが点滅を始める。筆者の家の近くには乾電池を売る自動販売機があって、何度も世話になったそうです。液晶の前にかぶせる「ビッグウインドー」は画面を拡大して見せる部品で、筆者は親に叱られないよう、ちゃんと付けて遊んでいたといいます。カートリッジの差しこみ口に「TVチューナーパック」を挿せば、テレビ番組も映りました。

いまの携帯ゲーム機は充電式の電池を内蔵し、ケーブルを差せば机の上で充電が済みます。替えの電池を数えることも、テレビを見るためだけに別の部品を挿すこともありません。

車で遠出する朝、ある家では単3電池の束が助手席の物入れに用意されていて、トンネルに入るたびに後ろの席の画面の光が強く見えました。ACアダプタを手に入れてからは、遊ぶ場所がコンセントの近くに決まった、という家もあります。ゲームギアの電池切れのランプが点滅したとき、あなたは次の単3電池をどこで手に入れましたか?

セガのゲームギアを思い出す三つの手がかり

  1. セガのゲームギアにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。