あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 音楽

昭和52年(1977年)ごろのヤマハのCS-80|開いたパネルの奥に4系統のスライダーが隠れていた、8音の大きなシンセ

ヤマハの展示コレクションは、CS-80を「コンボシンセサイザー/1977年」と記しています。昭和52年〜昭和56年(1977〜1981年ごろ)のヤマハのCS-80を、ヤマハ公式の展示ページとシンセサイザー特設サイトから、音の数と音色の切り替え方を確かめました。

昭和52年〜昭和56年(1977〜1981年ごろ)のヤマハのCS-80を再現したイメージ。ホールの小さな空のステージに一本の温かいスポットライトが落ち、無地の暗い幕を背に、非常に幅広く重そうな大型アナログシンセサイザーが低い横の角度で見え、上の長いパネルには小さな無地のスライダーとつまみの列が影に沈み、左上のパネルが少し開き、ケーブルが床へのびている。
昭和52年〜昭和56年(1977〜1981年ごろ)のヤマハのCS-80を再現したイメージ。ホールの小さな空のステージに一本の温かいスポットライトが落ち、無地の暗い幕を背に、非常に幅広く重そうな大型アナログシンセサイザーが低い横の角度で見え、上の長いパネルには小さな無地のスライダーとつまみの列が影に沈み、左上のパネルが少し開き、ケーブルが床へのびている。(イメージ)

50代の時間軸

ヤマハの展示コレクションのページは、CS-80を1977年のコンボシンセサイザーと記し、8音ポリフォニックのアナログシンセサイザーで、CSシリーズのフラッグシップだと説明しています。ヤマハのシンセサイザー特設サイトも、CS-80は1977年に登場したと書き、8音ポリフォニック、ポリフォニック・アフタータッチ、リボンコントローラー、リングモジュレーターという新しい機能を挙げています。

音の作り方は、2系統の音源でした。あらかじめシンセサイジングされた22の楽器音が入っていて、それをMIXレバーで混ぜ合わせました。二つの音源の混ぜ具合を、弾く前から指で決めていくわけです。

左上の、ブロック図が書かれたパネルを開くと、小さなスライダーが4系統分隠れています。ここにあらかじめ作った音色を置き、ボタン一つで瞬時に切り替えられる、メモリーバンクでした。ステージの照明の下では、開いたパネルの奥の小さなスライダーが影になります。大きな本体のうしろから出る音は、ホールの空気を押すように厚く広がったはずだと、この機種を聴いた人は書き残します。ただし、その場にいた人でなければ分からない手ごたえです。

音色をあとから呼び出す仕組みは、いまのシンセでは当たり前です。ヤマハのシンセサイザー特設サイトは、のちのCS-20Mがアナログの音とデジタル技術を組み合わせて音を保存できるようにしたと伝えています。CS-80は、その前の時代の道具でした。

音を聴いた場所は、人によってまったく違います。ホールの客席で聴いた人もいれば、レコードの溝の中で出会った人も、楽器店の奥で本体を見上げた人もいたでしょう。一つの時期でも、プロの演奏家には仕事の道具で、学生には遠い憧れの機材でした。8音を同時に鳴らす響きは、同じ曲でも録音ごとに少しずつ違って聞こえます。CS-80の音を最初に聴いたのは、ステージ、レコード、テレビのどこで、そのとき何の曲でしたか?

ヤマハのCS-80を思い出す三つの手がかり

  1. ヤマハのCS-80にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。