あアノコロ記憶のタイムマシン
40代 音楽

昭和62年(1987年)ごろのローランドのD-50|サンプルの出だしから合成の響きへつながる一音を聴いた部屋

最初の一瞬はサンプルで、その続きは合成でした。昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のローランドのD-50を、ローランド公式の二つの製品ページと島村楽器の記事から、発売年と音の作り方、当時の価格を確かめました。

昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のローランドのD-50を再現したイメージ。青みがかった柔らかい窓の光が入る薄暗い録音スタジオの床に、ケーブルが巻かれて置かれ、その上に幅広い炭色のシンセサイザーが低い横の角度から見え、平らな暗いパネルの左端に小さなジョイスティックのレバー、消えた細長い表示窓と無地のボタンの列があり、ケーブルがラックへのびている。
昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のローランドのD-50を再現したイメージ。青みがかった柔らかい窓の光が入る薄暗い録音スタジオの床に、ケーブルが巻かれて置かれ、その上に幅広い炭色のシンセサイザーが低い横の角度から見え、平らな暗いパネルの左端に小さなジョイスティックのレバー、消えた細長い表示窓と無地のボタンの列があり、ケーブルがラックへのびている。(イメージ)

40代の時間軸

ローランドの製品ページによると、D-50は1987年にリリースされ、サンプリングされたアタックと、波形を合成したサステインをミックスした音が特徴でした。内蔵のコーラス、リバーブ、EQを使ったサウンドは、80年代後半の音楽に大きな影響を与えたと書かれています。D-50はローランド初のフルデジタル・シンセサイザーです。島村楽器の記事は、LA音源という「音作りし易い」シンセというキャッチフレーズで発売され、当時の価格は238,000円だったと伝えます。1983年に発売されたヤマハのDX-7と並ぶ、80年代の代表的な人気シンセという位置づけです。

弾く前に決めるのは、まず音色でした。操作パネルにはジョイスティックもあり、ローランドは、その配置まで再現したと書いています。鍵盤に向かう前に、パネルの前で音を選ぶ時間がありました。

音を出す瞬間に、サンプルの出だしがあって、そのあとの伸びる部分が合成の音に切り替わります。耳が覚えているのは、その一つながりの響きです。そこへ内蔵のコーラスとリバーブがかかって、ヘッドホンの中の音がふくらみます。ジョイスティックを倒すと、音色の質感がゆっくり変わる。鍵盤を押す指と、ヘッドホンの中の響きの時間差が、音の厚みに感じられる人もいました。録音スタジオの空調の音の奥で、一本の音がずっと伸びていきました。

のちにD-50は、コンパクトな復刻版のD-05や、ソフトウェア版のシンセサイザーとして再現されました。ソフトウェア版には、D-50のオプションとして用意されていたPG-1000というコントローラーをもとにした画面もあります。

1987年にD-50を買った人と、90年代前半にヒット曲の中の音として耳にした人とでは、最初の出会い方が違います。ローランドは、80年代後半から90年代前半のヒット曲なら、曲の中心的なサウンドに少なくとも1つのD-50サウンドが使われていることは珍しくないと書いています。ラジオで聴いた人は、あとになって音色の名前を知りました。楽器店の店頭で触った人は、先に音色の名前を知ってから曲を聴いたはずです。D-50のプリセットを順に鳴らしたとき、最初に「どこかで聴いたことがある」と思った音はどれでしたか?

ローランドのD-50を思い出す三つの手がかり

  1. ローランドのD-50にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。