昭和55年(1980年)ごろのダイハツのミラ|「タウン感覚」をうたった、小さな箱形の車
町なかで使う二台目、という見立てで世に出た小さな車がありました。昭和55年〜昭和59年(1980〜1984年ごろ)のダイハツのミラについて、ダイハツ工業のニュースリリースと車名の一覧、販売会社の歴史ページで、発売の月と初代の名前を確かめました。

50代の時間軸
ダイハツ工業のニュースリリースによると、「ミラ」シリーズは1980年6月に、複数保有ユーザーをターゲットに「タウン感覚のスタイルと快適な経済車」として軽市場に登場しました。初代の車種は軽ボンネット・バン「ミラ・クオーレ」で、画期的な1.5ボックススタイルと優れた機能性が大きな話題を呼んだと、同じ資料は書きます。車名のミラは、ダイハツの車名一覧によると、イタリア語で「羨望」という意味です。
複数保有をねらった車なので、家にすでに車がある人の、二台目として選ばれる想定でした。商店街の裏手、スーパーの屋上、勤め先の駐車場に、小さな車体が収まっていました。
ドアを閉める音は軽く、日向に置いた車内には、座席のビニールのこもった匂いが残っていました。エンジンをかけると、足の裏に細かな震えが伝わってきます。後ろの荷物を載せる場所には、買い物袋や、たたんだ傘、箱に入った届け物が置かれました。夏の日ざしを受けた背もたれは熱く、乗る前に手でさわって確かめたものです。
今の軽自動車を思い浮かべると、ミラの箱形は小さく見えるかもしれません。同じ資料によると、1985年10月に発売したミラターボTR-XXは若い男性を中心に支持され、1990年にエンジン排気量が550ccから660ccに拡大されると、女性を中心にセカンドカーとして爆発的な人気を博しました。ここで書いた最初の数年のミラは、そこへ至る前の姿です。
町によって、軽自動車の意味は違いました。商店街が駅前にある町なら、買い物の足は徒歩や自転車が先で、ミラのような車は、少し離れた大きな店へ出かけるときに選ばれたでしょう。駐車場の広い郊外では、毎日の足そのものだった可能性もあります。商店街の駐車場に停まっていたミラは、あなたの町では、どんな用事を運んでいましたか?
ダイハツのミラを思い出す三つの手がかり
- ダイハツのミラにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
- そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
- いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。
出典と編集方針
このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。
- ダイハツ工業 ニュースリリース「ミラ」シリーズ国内販売累計400万台達成(2000年6月6日)
- ダイハツ工業 企業情報サイト「懐かしのクルマ(販売終了車種)」
- ダイハツ販売会社 採用サイト「ダイハツの歴史」
- 編集確認日:2026-11-05。出来事の事実確認と、個人の記憶・感想は分けて記載しています。