あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 学校・青春

昭和61年(1986年)ごろのシャープの書院|ゼミのレジュメが活字になって出てきた感熱紙の一枚

295万円の機械が、7年で17万8千円になりました。昭和61年〜平成2年(1986〜1990年ごろ)のシャープの書院を、シャープの歩みのページ、情報処理学会のコンピュータ博物館、シャープのブログで、試作の年から価格の移り変わりまでたどります。

昭和61年〜平成2年(1986〜1990年ごろ)のシャープの書院を再現したイメージ。大学のゼミ室の木の机に、クリーム色のプラスチックの本体に小さな暗い平らな画面が付いたワープロが置かれ、無地の白いマグカップが横に並び、夕方の日差しがブラインドを通して入っている。
昭和61年〜平成2年(1986〜1990年ごろ)のシャープの書院を再現したイメージ。大学のゼミ室の木の机に、クリーム色のプラスチックの本体に小さな暗い平らな画面が付いたワープロが置かれ、無地の白いマグカップが横に並び、夕方の日差しがブラインドを通して入っている。(イメージ)

50代の時間軸

シャープの歩みのページによると、同社は1977年に業界で初めて日本語ワープロの試作に成功し、その年のビジネスショーに出展しました。商品化は1979年で、WD-3000がデビューしています。情報処理学会のコンピュータ博物館は、標準価格が295万円だったこと、業界初のタブレット入力方式でインクジェットプリンタを搭載していたことを書き、当時はキーボードを扱える人が事務にほとんどいなかったため、キーボードアレルギーをなくす目的でタッチペン方式にしたと説明します。この機械から、シャープの日本語ワープロの愛称は「書院」になりました。

1986年発売のWD-530は、定価が17万8千円でした。シャープのブログは、7年のあいだに価格がここまで下がったと書いています。文字は倍角や4倍角にもできました。

シャープのブログには、ある大学生の思い出が載っています。同級生がゼミでの発表のために、当時まだ珍しかったシャープのワープロでレジュメを作っているのを見て、衝撃を受けたというものです。ゼミ室の机で電源を入れると、小さな画面にうっすら光が点く。キーを叩くたびに、機械の中で小さな音が鳴り、印字が始まると、感熱紙がゆっくり出てきて、紙の端から文字の列が現れていく。感熱紙は、裏表を間違えると印刷できません。

シャープのブログによると、手軽に買える価格になるにつれてオフィスなどにワープロが入り、やがてパソコンの普及とともに需要は縮んで、同社は2003年に生産を終えました。いまは書類を画面の上で直し、紙には一度で出します。インクリボンのカートリッジをひっくり返して使い回すことも、フロッピーディスクに文書をしまうことも、もう要りません。

いずみの国歴史館の担当者は、発掘調査の事務所で初めてワープロを入れたときの話を、ブログの中で語っています。それまで手書きだった資料が、まるで印刷所に頼んだような活字になり、本当に感動したそうです。ワープロを初めて見たのが事務所だったか、大学の一室だったか、家の居間だったかで、思い出す音も紙の匂いも違います。ワープロで初めて打った文書は何で、感熱紙に出てきた活字を見て、最初に何を思いましたか?

シャープの書院を思い出す三つの手がかり

  1. シャープの書院にまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。