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50代 ゲーム・遊び

昭和59年(1984年)ごろの湖池屋のカラムーチョ|細いスティックの辛さに麦茶を探した夜

昭和59年〜昭和63年(1984〜1988年ごろ)の湖池屋のカラムーチョを手がかりに、辛いスナックを友達と回して食べた時間を振り返ります。湖池屋の沿革と中小企業基盤整備機構の記事で発売年と開発の経緯を確かめ、指に残る赤い粉や舌のひりひり感、今との違いをたどります。

昭和59年〜昭和63年(1984〜1988年ごろ)の湖池屋のカラムーチョを再現したイメージ。こたつの天板に広げた無地の袋からこぼれた、赤い粉のついた細いスティック状のポテトスナックと麦茶のコップ。
昭和59年〜昭和63年(1984〜1988年ごろ)の湖池屋のカラムーチョを再現したイメージ。こたつの天板に広げた無地の袋からこぼれた、赤い粉のついた細いスティック状のポテトスナックと麦茶のコップ。(イメージ)

50代の時間軸

湖池屋は沿革で、昭和59年(1984年)に「カラムーチョ」を発売したと紹介しています。中小企業基盤整備機構の記事によると、開発当初の評価は散々で、当時の市場には辛い菓子がほとんどなかったそうです。開発担当者はアメリカでメキシコ料理がはやっていることに目を付け、味をしっかり乗せるために、形を一般的な平たいものではなく細長いスティック状にしました。発売2年後の昭和61年(1986年)には、激辛ブームの火付け役と言われたと書かれています。この記事は発売年を起点にした回想で、どの人も同じ年に食べたという意味ではありません。

袋を開けて細いスティックを一本つまみ、かじった瞬間の辛さに顔をしかめます。平気な顔で次々に食べた人もいれば、一本で降参して麦茶を飲んだ人もいました。記事によると、発売当初によく買っていたのはコンビニでお酒を買う若い男性だったそうで、子どもより先に、大人の晩酌のつまみとして家に入ってきた家もあったでしょう。

友達の部屋のこたつ、夜更かしした受験勉強の机、親戚が集まった夜の座敷。袋を開けたときに鼻に来るぴりっとした匂い、指先についた赤い粉、舌がひりひりして飲み物を探す感じ、細いスティックのかりっとした軽い歯ごたえが、そのとき話していたことと一緒に思い出されます。

いまはコンビニの棚に激辛をうたうお菓子や即席めんがたくさん並び、辛さを段階で選ぶことも珍しくありません。辛いものが苦手な人も得意な人も、自分に合う辛さを選べるようになりました。記事が伝える「辛い菓子がほとんどない」時代は、いまの棚からは想像しにくいかもしれません。

あなたが初めて「辛い」と感じたお菓子は何でしたか。一緒に食べていた人、辛さをしずめるために飲んだもの、そのとき笑った顔を思い出すと、その部屋の温度まで戻ってくるかもしれません。

湖池屋のカラムーチョを思い出す三つの手がかり

  1. まず、50代の湖池屋のカラムーチョにまつわる「場所」を一つ思い出します。家、学校、駅前、友だちの家など、固有名詞がなくても構いません。
  2. 次に、その場所で一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを一つ添えます。記憶が曖昧な部分は「たぶん」「覚えていない」と書いて大丈夫です。
  3. 最後に、いまの自分へ一言だけ残します。正しい答えを作るためではなく、次に誰かと話せる入口をつくるためのメモです。

思い出の問いあなたが初めて「辛い」と感じたお菓子は何でしたか?

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。