あアノコロ記憶のタイムマシン
50代 ゲーム・遊び

昭和62年(1987年)ごろのタイトーのダライアス|横長の3画面とお尻に響く重低音で迎えた巨大戦艦

昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のタイトーのダライアスを手がかりに、大型筐体の前で腰を下ろしたころを振り返ります。タイトーの発表資料とファミ通の記事でお披露目と稼働の年月、筐体のつくりを確かめ、座面の振動や今の遊び方までをたどります。

昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のタイトーのダライアスを再現したイメージ。薄暗いゲームセンターの色つきの照明の下で、ブラウン管三つを横につないだ消えた長い画面を持つ、幅の広い無地の黒い筐体が立ち、低い操作盤にレバーとボタンが付き、前に黒く長いベンチシートが置かれている。
昭和62年〜平成3年(1987〜1991年ごろ)のタイトーのダライアスを再現したイメージ。薄暗いゲームセンターの色つきの照明の下で、ブラウン管三つを横につないだ消えた長い画面を持つ、幅の広い無地の黒い筐体が立ち、低い操作盤にレバーとボタンが付き、前に黒く長いベンチシートが置かれている。(イメージ)

50代の時間軸

タイトーの発表資料によると、初代『ダライアス』は1986年10月7日のアミューズメントショーで初めてお披露目され、ゲームセンターでの稼働開始は1987年2月でした。タイトーはこの日を「ダライアスお披露目の日」と定め、2026年に40周年を祝っています。ファミ通の記事は、お披露目の場を第24回AMショーと記し、アスペクト比4:3のブラウン管を3画面ぶん並べた12:3の超ワイドスクリーンと説明します。左右のモニターは上向きに据えられ、ハーフミラーに映すことで中央の画面の両脇に続いて見える仕組みでした。各ゾーンの最後に待つのはシーラカンスやイソギンチャク、マッコウクジラなどをかたどった機械の敵で、その造形はタツノコプロが手がけています。

レッド、グリーン、ブルーの三色のパワーユニットを集めて強くなります。レッドは対空、グリーンは対地、ブルーは防御。8個ごとに、たとえば対空はミサイルからレーザー、ウェーブへと姿を変えました。

大型の筐体はゲームセンターの中でも遠くから目につきました。腰を下ろすとベンチシートの内側から重低音が上がってきて、ボスが沈む場面ではお尻がビリビリ震える。ファミ通の筆者は、映画館以上の迫力を感じたと振り返っています。音楽はタイトーのサウンドチームZUNTATAによるもので、筐体にはヘッドホン端子が標準で付いていました。画面の端が磁気で少し変色した台や、つなぎ目がわずかにずれて見える台もあり、敵がそこを横切ると一瞬ゆがみます。照明の色が三つの画面のガラスに帯になって映り、隣で順番を待つ人の腕が座面に触れそうな距離でした。

今はNintendo Switch、PlayStation 4、Steam用のダウンロード版で『ダライアス』シリーズに触れられます。2026年の秋にはタイトーが最大85%オフのセールを開き、2027年2月から3月にはカプセルトイの第2弾も出る見込みです。家の画面で遊ぶと継ぎ目は消えますが、座面からの振動は付いてきません。

筐体との出会いは地域で違いました。大きな店にしか入らなかった町もあれば、遠征した先で初めて見たという話もあります。ヘッドホンを持ち込んで音だけを聴いていた人、サウンドトラックのレコードで先に曲を覚えていた人、後ろから見ているだけで満足した人。あなたがダライアスの大きな筐体の前に立ったとき、最初に目を奪われたのは画面と座席のどちらでしたか?

タイトーのダライアスを思い出す三つの手がかり

  1. タイトーのダライアスにまつわる場所を一つ思い浮かべます。家、学校、駅前、友だちの家など、名前が出てこなくても構いません。
  2. そこで一緒にいた人と、音・匂い・手触りのどれかを書き添えます。曖昧なところは「たぶん」「覚えていない」で大丈夫です。
  3. いまの自分へ一言だけ残します。正解を書く欄はありません。次に誰かとその話をするときの入口になります。

出典と編集方針

このページは、公開資料で時代背景を確認しつつ、特定の世代の体験を一つに決めつけない読みものとして編集しています。地域や家庭による違いがあります。あなたの記憶と違う箇所は、間違い探しではなく会話のきっかけとして扱ってください。